2009年09月21日

2009年9月16日(水)、4時限。

1年生科目として知的財産学部で「歴史学」を講義するのは、今年が最後となる。来年度からは3年生・4年制向けの開講枠に出講することになる。

第1回の内容を変えてみた。昨年までは、麻生太郎外務大臣の演説を導入に用いた。今年は、講義を組み立てる基本的な発想や枠組みについて説明することにした。基本事項についての繰り返しの回数を確保し、聴講者の頭に基本的な考え方を定着させるためである。

【基本】
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地理

技術の発達

時代の区切り

過去の出来事を比較してみる
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【応用】
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地理

地理 → 技術の発達 → 地理的条件の変化

地理 → 技術の発達 → 地理的条件の変化 → 国際社会の舞台設定の変化 → 時代の区切りの発生

地理 → 技術の発達 → 地理的条件の変化 → 国際社会の舞台設定の変化 → 時代の区切りの発生 → 時代の区切りを前提として、過去の出来事を比較してみることで、各段階ごとの共通点と相違点が浮き上がって見えてくる
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近代日本の個々の出来事よりも、その出来事が生起した空間的舞台設定に着目し、講義する。奥山真司さんのブログ「地政学を英国で学ぶ」のエントリー「北極海の「北西ルート」で初の商業航行」が、あと3日早く出ていたら、講義で配布し、北極海が通航不可能だった時代に、西ヨーロッパから地理的に最も遠い北半球の土地に国土があったことが、近代日本の前提そのものであった、と、説明しただろう。


rshibasaki at 18:35コメント(0)トラックバック(0)知・歴史学「日本近代の舞台設定」 2004-2013終了 

2009年09月09日

8月25日(火)、国会図書館東京館。
1. 憲政資料室の諸家文書に、牧野照の書翰はない。
2. 明治37年9月23日以降一か月ほどの山陽新報には、牧野の訃報は見当たらない。

8月22日(木)、岡山県立図書館。
1. 明治36年9月〜12月の山陽新報に牧野の訃報なし。

10月30日(金)、防衛研究所史料閲覧室。
1. 明治23年の職員進退録に牧野の履歴書あり。上京からこの時点までの履歴が詳しくわかる。

rshibasaki at 19:26コメント(0)トラックバック(0)<海事・海軍史> 

2009年09月06日

牧野照(まきのてらす)を知ったのは、1890年12月10日現在『明治23年 職員録 甲』(内閣官報局)に、海軍編修書記の最先任として名前が載り、1892年1月1日現在『明治25年 職員録 甲』には名前が消えていることに気づいた時だった。1893年7〜8月には、自由党の政務調査委員として、海軍関連の調査に従事している記事が『読売新聞』に見つかる。海軍から自由党への転職はどういう経緯なのか興味をもった。『デジタル版 日本人名大辞典+Pluss』には、つぎのように書いてある

『苫田郡誌』(とまたぐんし、苫田郡教育会、1927年)は、つぎのように同郡出身者の一人として、牧野照について記す。
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照は久田村大字上原牧野岡山の第三子にして、備中の鴻儒山田方谷に学ぶ。後時勢に鑑み東京に出でゝ独逸語を修め、刻苦精励業成りて独逸義塾を起し生徒に教授す。後山田顕義の知遇を受けて司法省に出仕し、次で海軍省に転じ参謀部第二課長となる。板垣退助と意気相投じ、官を辞して自由党に入り、民間の海軍通として党内に重きを為せり。明治三十六年東京に没す。
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死亡年については異説があるようで、1935年に原著私家版が上梓された大植四郎編著『明治過去帳』は、つぎの二つの項目を並列掲載する。
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牧野照 元海軍属 青森県権参事牧野重政の弟にして美作国に生る。後東京に至り独逸義塾を創め、尋で司法省に仕へ、明治廿一年頃参謀本部海軍部第二局編纂課員たり。終に立憲自由党に入る。卅年頃没す。
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牧野照 海軍編修書記にして明治卅七年九月廿三日没す。
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ここまでは、2008年11月に調べた。『苫田郡誌』その他、刊本の範囲での情報は、岡山県立図書館に問い合わせ、コピーを送ってもらった。




rshibasaki at 19:56コメント(0)トラックバック(1)<海事・海軍史> 

2009年08月24日

辛夷清肺湯2袋と六味丸1袋を、1日3回服用してちょうどよい。その上に、イチョウ葉エキスと冠元顆粒。これで、大気汚染が引き金を引き、肺経を痛めて虚熱が生じ、その結果、突発的に高くなっている血圧に対応している。思い切り多めに辛夷清肺湯を服用することに気づくまでに、いろいろと回り道をしてしまった。

rshibasaki at 22:02コメント(0)トラックバック(0)『日記』セルフケア(番外) 

2009年08月23日

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「利用者:柴崎力栄」のページに、昨日、つぎのような文言を書き込んだ。

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==雑感==

===サイバースペース地政学の新たな一章===

かつてのパソコン通信の存立を支えていたものは、当時のネット上における場の希少性だった。希少性のある場をめぐる争いが起こり、その場の秩序維持をめぐって権力関係が発生した。インターネットの出現により、当該場の希少性が消失し、パソコン通信の時代は終わった。

フリー百科事典という仕組みは、サーチエンジンの上位を確保することと、自動転載により書き込まれた情報の伝播を保証するシステムを通じて、パソコン通信がかつて占めた地位に相似した空間的優位をネット上に獲得することに成功している。この優位性が消える時、ウィキペディアの時代も終わるのであろう。

どうやらサイバースペース地政学の新たな一章を見ているようである。(2009年8月22日夕刻記)
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rshibasaki at 18:53コメント(0)トラックバック(0)『日記』<情報化> 

2009年08月22日

午後3時半頃、梅田、大阪駅北口のヨドバシカメラ前に、自由民主党の選挙カーが止まり、その上で麻生太郎総理が演説していた。そのため、市バス34系統の守口車庫行が渋滞に巻き込まれてしまった。

rshibasaki at 22:08コメント(0)トラックバック(0)『日記』 

2009年07月08日

2週間ほど前に気づいた。ビタミンCをからだが欲する量がとても多くなっている。1日に6〜8g摂ってちょうどよい。かつて数年前、3gが上限だった頃を覚えているので、とても奇妙な気分である。大気汚染が連続する現状がその原因となっているのかも知れない。

rshibasaki at 17:56コメント(0)トラックバック(0)セルフケア(番外) 

2009年07月06日

遅れていた「肝付兼行」の項を書き上げて、大阪中央郵便局から速達で投函した。

rshibasaki at 22:15コメント(0)トラックバック(0)『日記』 

2009年06月29日

『近現代日本人物史料情報辞典 4』のため、「寺島成信」「井上敏夫」の原稿を書き上げた。明日、「肝付兼行」を書いてから提出する。

rshibasaki at 22:32コメント(0)トラックバック(0)『日記』 

2009年06月23日

昨日、国会図書館に行くため、東京へ日帰りした。東京駅から永田町まで歩いたが、遠方のビルが黄砂か煙霧に霞み、大気が皮膚にまとわりつくように感じた。大阪でふだん経験するのと同じレベルの中国大陸から流れてくる大気汚染。これでは、東京でも呼吸器や皮膚の弱い人には症状がでるだろう。咽喉から気管支が痛くなった。

rshibasaki at 19:08コメント(0)トラックバック(0)『日記』セルフケア(番外) 
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