2005年07月15日

日本海員掖済会山口支部

「○日本海員掖済会山口支部  日本会員掖済会に於ては昨年十一月を以て本県に支部を置き其後ますます其の事業を拡張するに勉めしが、今度其の規則を改正し、従前府県知事は委員長と云ふ名義なりしを支部長と改むると共に本県各郡市長は新たに郡市部委員長を嘱托せられ、尚ほ吉田書記官は副支部長に、又た白上警部長、小倉参事官、及び赤間関市の瓜生寅、甲藤求巳両氏は共に特別委員を嘱托せられたり。斯くの如くして掖済会はいよいよ其の事実を拡張し、殆んど赤十字社の組織の如くして大いに会員を募集する筈なりといふ」
(防長新聞、明治32年2月23日2面2段)

「○海員掖済会幹事の談話  日本海員掖済会幹事渡辺節蔵氏は一昨九日午後二時三十分より同三時四十分まで、阿武郡会議事堂に於て、大田郡長、益田課長列席の上、掖済会設立の趣旨目的、海員要請の必要、同会の経歴等を談話し、且つ入会を勧誘したりしが、参集者は椿郡東分村、山田村等の有志者十余名ありたりと云ふ」
(防長新聞、明治33年3月11日2面4段)

「○海員掖済会演説  昨廿日午後六時より馬関裏町本行寺に於て、日本海員掖済会常議員中村六三郎氏の業務拡張の演説会を開催せり」
(防長新聞、明治34年10月29日3面2段)

「○日本海員掖済会へ加盟者  吉敷郡より日本海員掖済会へ加盟したる者は未だ一人もなかりしが、此度仁保村長高木正之進氏は入会せしに付、一昨日本会より同氏に対し会員章及び締盟状を送付せり」
(防長新聞、明治35年4月18日3面4段)

「会員諸君へ広告
来る四月十日神戸港外に於て挙行せらるゝ
観艦式へ本会々員の陪観差許さる。拝観
を望まる向は、会員章佩用九日正午迄
に神戸市東川崎町五丁目本会事務所へ
御申出の上、乗舩券を受取らるべし。
 東京麹町区八重洲町 日本海員掖済会
●拝観船は汽船広島丸とす●但乗船員満員に達し
たる後は陸上観覧場へ案内す●当日船内にて昼
食弁当を供す●服装男子は洋服若くは羽織袴女
子は着服御注意の事                 」
(防長新聞、明治36年3月31日4面3段)
 
〔註〕
現在の社団法人日本海員掖済会のホームページにある「掖済会のあゆみ」。

明治末〜大正初期に三省堂書店から刊行された『日本百科大辞典』には「日本海員掖済会」の項目はない。


rshibasaki at 19:26コメント(0)トラックバック(0)<山口県の諸団体>  

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