2005年07月26日

「原内相大浦男の確執について」。水難救済会山口県支部発会式 〔第9週〕

以下、第9回 (2005年6月9日)。



記事「原内相大浦男の確執について 武徳会員募集の件」を配布。
「武徳会」「赤十字社」「愛国婦人会」を、「公共団体」として一括し、その会員募集に、警察官以外の地方官吏の関与はよいが、警察官は関与すべきでないと原敬内相が訓令したとの内容。

これ以後の山口県では、海難救済会の会員募集に警察官が関与したとの記事が見られなくなる。

なお、他の公共団体と異なり、実行組織としては、海難救済会は警察の指揮下で活動する。その点、公設消防組と同様である。この経緯から、警察官の関与が全くなくなってしまったとも考えにくいのだが、今後の史料探索と確認を待つほかない。


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防長新聞・明治41年5月1日3面(広告欄)には、
(1) 5月24日に防府町で開催される「帝国水難救済会山口支部発会式」の広告
(2) 6月1日に山口県庁で開催される「愛国婦人会山口支部総会」の広告
という二つが隣り合わせて掲載されている。寄付や会費を納入した「会員」を集めて、県レベルでのイベントを組むという共通性が見て取れる。

この日の講義では、水難救済会山口支部発会式の新聞記事を順番に読んで、そのイベント制を確認することをした。

山口支部副長である県警務長・大味久五郎の「事務報告」(防長新聞・明治41年5月26日2面)のなかで、「明治三十年七月山口県委員部を置き各郡市に郡市委員部を設置し地方有志の士に訴へ会員募集を図りたるに続々入会者を得」とあるように、下関救難所が設置された同じ年に、会員募集もスタートしている。支部発会式までに11年かかっている。


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水難救済事業における山口県の特徴と、水難救済会を赤十字と対比する視点を詳説していることから、防長新聞の社説に相当する「時事評論」欄に掲載された「水難救済会支部発会式」(明治41年5月24日2面)をつぎに示す。

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水難救済の事業は、戦時に於ける赤十字の傷病者救護事業と其の性質を同くし、友愛慈悲の至情に基くものなれば、人類の高尚なる一義務に属せり。本県は三面海に瀕し、特に内外船舶の交通頻繁なる下関海峡を有す。故に年々遭難船続出し、之が為め直接には船舶及び人命を害し、間接には海事思想の発達を妨ぐ。是を以て藩政時代より小規模の救済方法は設定せられ、沿岸に於ける遭難船を保護しつゝありしも、費用なく器械なく、且つ其の機関の組織的ならざりし為め、十分の目的を達すること能はざりしも、今や水難救済会は全国の同情者が寄附せる巨額の資金と、政府の補助とを以て設立せられ、山口県支部は他府県よりも先んじて本日発会式を挙行するの盛況を呈せるは、亦た以て自ら祝するに足る。水難救済の事業を赤十字の事業に対比するに、其の異なる点は、彼の活動は戦時に限ると雖も、此の妙用は戦時と平時とを問ず、二六時中継続す。彼の資金は其の大部を中央機関に吸収せらるれども、此の資金は僅少なる幾部分を本会に納むるのみにして、其の多額は地方に保貯して必要の使途に充つるを得べし。其の同じき点は、彼は敵と味方とを問はず、戦時の傷病者全体を救護す。此も内国船と外国船とを問はず、遭難せる船舶と人命とを救護す。彼は弾丸雨飛の険を冒して傷病者を収容し、此も激浪怒濤の間を衝いて遭難者を収容す。然らば則ち其の必要にして利益ある点は、彼よりも寧ろ此に在り。其の公平にして勇壮なる点は、彼此異なる所なし。水難救済の事業が、海に於ける赤十字として歓迎せらるゝは、実に其の理由ありといふべし。聞く本日演習に用ゐる救命砲は、米合衆国より日本の於ける本事業の発達を欣んで、特に寄贈し来りたるものなりと。浦賀に於ける米艦の砲声が、日本鎖国夢を破りし如く、華浦湾に於ける救命砲の轟音は、本事業の奮発を誘起すべきは、信じて疑はざる所なり。〔後略〕
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以上、第9回 (2005年6月9日)。


rshibasaki at 19:45コメント(0)トラックバック(0)「海難救助ボランティアの日露戦争」工・歴史学2005  

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