2005年07月27日

賞与>賞金>処罰、海事諸団体 〔第11週〕

以下、第11回(2005年6月23日)。



前週「遭難船の数々」の続き。以下3つの新聞記事を対比して読む。

〔事例−1〕遭難した船舶の漁具であることを知りながら隠匿したことで罰金に処せられた。水難救護法違反。
「○漂流物隠匿者罰せらる  昨年十二月二十三日は非常なる暴風の吹き荒みたる為め沿海各村の漁民は夥しく惨死を遂げたりしは世人の今に尚ほ記憶に存せる処なるが、此の日備中国神島字福浦居住船乗業西本栄次郎外数名も亦た大津郡向津具村大字向津具下村字水の口浜に於て海難に遭遇し、憐はれむべし船舶は転覆して船具は大抵漂流したりしも当時は辛ふして其の生命のみ助かりたるの有様なりしが、無惨にも同郡字津賀村平民小池幾太郎(五十一)池田宇吉(三十六)中野道蔵(三十一)岡崎伊兵衛(五十九)西島熊吉(二十七)荒川勝次郎(五十)の六名は、西本栄次郎等の船具なるを知りながら、同村字立石浦大坪川尻の沖合をカガソ製の錨綱六七十尋(価額三十円)の漂流しつゝあるを拾得して帰り、共謀して或は大桶の中或は土穴の中に隠匿したりしこと漸く此程に至りて発覚したれば、忽ち漂流物隠匿罪を以て告発せられ去る二日萩区裁判所に於て公判開廷の上原田景介氏弁護したりしも遂に六名各五円宛の罰金に処せられたりとは能ひ気味」
(防長新聞、明治33年5月5日)

〔事例−2〕遭難者救助した漁民が山口県知事から賞金を受ける。この種の記事は非常に多く紙面に見られる。他県の漁民でも山口県周辺海域での遭難救助者には山口県知事が賞金を与える。
「○難破船を救助して賞金を受く  阿武郡見島村居住平民漁業村田弥二郎(五十四)及び同村居住平民漁業小畑清次郎(四十六)の両名は昨冬十二月一日同村山田村字玉江浦居住漁業者上領平右衛門、藤崎伊勢松、西村伊勢松、網屋紋蔵の四名が漁業中、見島を距る二十四海里の沖合に於て、暴風の為め其の船体を顛覆し辛くも船底に取り附き漂流しつゝ已に三日間無食の侭にて将に凍死に瀕せんとするを救助して各々七十銭宛の賞金を受け、又た同見島村居住平民船乗業三間菊太郎(三十四)及び同村居住平民船乗業幸徳甚九郎(五十三)の両名は、昨冬十一月二十六日同村居住平民船乗業古谷嘉七外一名が同郡三見村字三見浦を距る二里の沖合にて怒濤激浪の為めに其の荷船を顛覆し今や乗組両名共溺死せんとしつゝあるを救助したるを以て、各一円宛を何れも古澤本県知事より賞金として附与せられたり」
(防長新聞、明治33年1月23日3面)

〔事例−3〕水難救済会の救助夫が、水難救済会の活動として難破船乗組員を救助した際には、帝国水難救済会(本部)より賞与を受取ることになる。
「○遭難船救助者の賞与  豊浦郡彦島村居住下の関救済会の救助夫植田権吉外八名は去る一月十五日同島沖合に於て遭難船住吉丸を認め、亦た同村居住和田六松外三名は同日福浦港に於て英福丸の遭難を認め、共に救助に尽力したる段奇特なりとて去る三日大日本帝国水難救済会より二十銭又は三十銭宛の賞与を受領せり」
(防長新聞、明治32年2月5日2面)


*


『香川県統計要覧』(香川県、明治36年11月刊)に、「壮丁赤十字社表(水難救済会、日本海員掖済会、大日本武徳会、篤志看護婦会、愛国婦人会)」という項目がある。これは、県庁が関与している公共団体の一覧である。

この週は、海員掖済会と帝国海事協会について説明した。




まず、つぎの四つの記事を紹介。

「○日本海員掖済会山口支部」(防長新聞、明治32年2月23日2面)。山口県では、明治31年11月に日本海員掖済会の県支部が置かれている。「赤十字社の組織の如く」という文言が見え、日本赤十字社が組織形成のモデルとなっていた事情を窺わせる。

「○徳山村長の管船事務取扱  逓信省令第二十六号を以て船員法第七十九条の規定により本県都濃郡徳山村長を管船事務を行ふべきを命ぜられたり」
(防長新聞、明治32年6月15日2面)

「○大島郡に海務署を置かんとす  従来海員雇入雇主公認の事務は市町村長に於て取扱ひ居しが客年六月逓信省令第三号を以て其の事務を海務署又は海事局へ引継きたるより大島郡の如き海員多き所は本県内にては赤間関或は徳山の外取扱はざるより其の不便少からず爾来其の手続をなし得ざるもの多かりしか聞く所によれば近々の内同郡へ海務署を開庁する由にて其の位置は和田村大字小泊なりと云ふ」
(防長新聞、明治33年1月23日2面)

「○海員掖済会幹事の談話」(防長新聞、明治33年3月11日2面)


つぎに、現在の社団法人日本海員掖済会のホームページから「掖済会のあゆみ」を示した。明治期にはつぎの事業をしていた。

宿泊の提供
乗船の斡旋
船員の教育訓練 → 現在では商船学校が行う仕事
遭難船遺族への弔意・慰安
船員に対する医療の提供



最後に、『日本海事協会---その100年の物語』(財団法人日本海事協会、1999年刊)を用い、日本海事協会について概略を示した。
「義勇艦隊建設章」(徽章)→個人に交付
「義勇旗」       →市町村に交付

これは、日本赤十字社が、徽章を個人に交付し、「忠愛旗」を市町村に交付するのと同じかたちである。なお日赤は、現在も「有功章」を出している。



以上、第11回(2005年6月23日)。

rshibasaki at 10:42コメント(0)トラックバック(0)「海難救助ボランティアの日露戦争」工・歴史学2005  

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