2005年07月27日

主力戦艦の関門海峡通過。まとめの試み 〔第13週〕

以下、第13回(2005年7月7日)。

つぎのように書いたメモを配布。
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 先週から今週・第13回までの間、山口県立図書館で防長新聞の1902・明治35年を閲覧した。この年2月、日英同盟締結が公表されたが、しかし、直ちに日露戦争に直結する動きは出ない。中央では、第三次海軍拡張の予算をどうするかについて議会が紛糾し、地租増徴が継続されることとなった。山口県では、武徳会の山口支部が設置され、支部旗が本部からもたらされた。また、海員掖済会の会員募集の記事も散見される

 同年8月26日2面3段のつぎの記事が目につく。先週配布した『山口県警察施設ノ主眼』(山口県警察部、明治42年)のうち「附 関門間海難減少策ニ関スル意見」と照合すると、海軍の艦隊運用にとって関門海峡のもつ重大性と、その関連で、海軍水路部(水路調査)・逓信省管船局(民間船舶管理)・内務省土木局(港湾整備)・山口県および福岡県警察部(下関水上警察署、門司水上警察署)が関連する課題が存在したことが推測される。

「○水雷敷設の付属船  呉水雷団敷設隊付属船那沙美丸は去る二十三日下関港に碇泊し同港附近に於ける海上の調査に従事しつゝありしが、同船には牧村海軍中佐以下十九名乗組み居れり」
「○富士艦の通過  帝国軍艦富士艦は一昨日午後六時六連島沖合に投錨、昨日一日間は碇泊し、本日午前十時抜錨、東に向ひ関門海峡を通過する筈なるが、同艦は実に一万二千六百八十七噸の大戦闘艦にして、此の海峡を通過するは今回を以て之を嚆矢とす。右に付水上警察署は他船に於て此航路を妨害せんことを慮かり、一昨日港湾内に繋泊の船舶に対し相当の注意を促したる由」
(防長新聞、明治35年8月26日2面3段)

 明治39年か40年に、この時の艦長へのインタピュー記事あり。メモ未採取
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この日、講義全体のまとめを試みたが上手く行かなかった。翌週までに出会った史料と視点を欠いていたためと思われる。

以上、第13回(2000年7月7日)。







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