2005年10月16日

大戦闘艦関門通過に就きて(明治40年6月)

「○大戦闘艦関門通過に就きて  有馬司令長官の率ゐる第一艦隊の鹿島、香取磐手の三大艦が舞鶴より呉へ廻航の途次八日午前十時舳艫相喞[「ふく」とルビ]んで西より東に関門海峡を無事通過したるが、斯る大艦の同海峡通過は実に今回を以て嚆矢とするものにして、頗る壮観を極めたると同時に、我海軍に於ける従来の所信を実証し、併せて各艦長以下艦員の技倆の卓絶せるを明示するものなることは、敢て多言を要せざる処なりとす。右に付き某海事通の語る処を聞くに、関門海峡の水深は如何なる大艦巨舶とて現在の吃水にては差支なく通過し得べしとは従来海軍の確信せし処にして、今回の如きは単に其所信を実証せんが為め司令長官が其幕下に在る各艦長の技倆を確信して之を断行し、所信の如く些の故障を見ず無事に通過して其成績を挙げたるものにて、特更に危険を冒して新航行を遂けたるものとは同一に談ず可らざるものなるも、左ればとて今回の如き大艦が無事に同海峡を通過したるは空前の事実なれば、将来に於ける利益も亦実に想像に難からず。曩に三十五六年頃に於て彼の富士も同海峡を通過し居り、次で其後常磐も亦之を実証し、近く昨三十九年に於ては吾妻之を通過したるの実例ありと雖も、一萬九千噸以上の大艦が而も三艦相率ゐて堂々之を通過したるは最も利益ある経験を得たるものなるは明なり。而して同海峡水道の狭隘なるは常に之を通過する船舶の憂とする所にして、之が為めに艦船の相行合ふ場合に於ては種々の危険を感じ、或は衝突し、或は浅瀬に乗上ぐる等の遭難少なからざりしものなるに、搗て[「かてて」とルビ]加へて同海峡水路の延長と潮流の急速とは其遭難に関つて大に力あるものとして航海業者の常に一致する処なり。之が為めに七八千噸以上の船舶は一般に同海峡の通航を避け遠く外海を迂回して航行するを適当と認め居るものなるにも拘はらず、彼の商船の如きは種々なる事情の下に止むを得ず同海峡通過の危険を冒すを稍普通の状態となすものなるが、今其理由とする二三の点を挙ぐれば、内外船に於ては門司に於ける石炭積込の必要を理由とし、亦外国船に於ては乗客の瀬戸内海観光の必要等を理由とし、尚此外に外海を迂回すると否とに依る航程の長短を斟酌するは何れも同一なり。而して以上の理由より彼の太平洋汽船会社船の如き大船も、概ね同海峡を通過し居れり。然れども軍艦としては以上の貯炭観光航程等の如きは何等の関係なきのみならず、却て他の船舶の障害たるべきを慮り常に外海を迂回するものなれど、外国軍艦にては必ずしも然らず、多少観光等の理由もあらんが大抵同海峡を通過し居り、昨年来訪したる彼の英国艦隊の如きも亦同様なりしなり。然れども、前后二回に於て二隻の英艦が馬関の西、海峡の北方西部に座礁したりし事ありしを記憶す。其他商船の如きは現に七八艘は沈没し居れり。尤も今回の如きは前日より海峡の両口に於て先払を為す為め他の船舶を避けしめ置き、潮流のタルミを待ちて午前十時に通過を遂げたるものなれども、常に斯の如き迂遠なる方法を取らんより寧ろ航路を外海に転じ他の支障なき大海に於て充分の速力を以て進行せば、却て其決行時期を待合すよりも遥に時間を節約し得べきものなる故、平時には敢て商船の如く危険を冒して同海峡を通過するの要なし。然れども一度び其実験を経たる上は一朝有事の場合に際せば彼の海上衝突予防法の如き束縛も敢て関する所に非らざるを以て、平時の如く彼の一小帆船などゝの衝突を避けんが為に大艦が自ら危険に陥るが如き愚を為さず、自艦に支障を生せざる範囲を限り是等を犠牲として通航せば、所信通り何時にても通過し得べきを確信せらるゝ事となりたるものなり。何にせよ今回の挙の如きは大快事にして亦一大実験なり云々」
(防長新聞、明治40年6月19日2面2段)

rshibasaki at 12:27コメント(0)トラックバック(0)<主力戦艦と関門海峡>  

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