2006年06月11日

「人文社会入門」教科書の冒頭3ページ

--------------------
 「どうしてこんな授業するんですか」と急に聞かれてもこまる。たしかに専門分野でない学生に対して難しいかもしれない。だが、今は一回生である学生のみなさんも、卒業するまでにはそれぞれの学科での卒業研究を通じて自分の専攻分野における初歩的な訓練の仕上げをするであろう。そして、大学院に進学するにしても企業に入るにしても、それぞれの専門の範囲で「専門的素養を要求される」ことになる。情報の収集、吟味、加工、の仕方という点で歴史研究と似た判断力を必要とするしごとは多い。後輩を育てる責任をもつようになると、「自分たちの分野のしごとの組み立て方の基本はなにか」「なぜこのようなやり方を採るのか」を考える必要に迫られる。この講義の内容を、そうしたときに、他分野のあり方として、自分たちのやっていることをより客観的に理解するための比較の素材として用いてほしいと思う。そのために私は、自分の経験を、できるだけ客観的に大づかみに話してみたい。

 大学2年の時に、理学部地質学科への進学予定者の野外実習に、教養学部の地質学の先生にお願いして、現在は言語学としてロシア語をやっている友人と2人で、同行したことがあった。栃木県の葛生への日帰りである。地質学と歴史学とではデータの扱い方、対象とする事実群とデータとの関連など共通するところが多い一方、明らかに違っている所もある、という感想をもった。共通するのは、直接手に触れることのできないことを入手可能な情報から論理的推測を交えつつ頭のなかに組み立てていくやり方。過去に起こったことの痕跡は、非常に僅かしか残っていない、その僅かしか残っていないものの中でも、入手可能、利用可能なものは、さらに僅かな部分である。それを利用して、全体の姿(過去の社会の歴史的変化や、大地の構造とその現在にいたる過程)のできるだけ近似的な像(イメージ)を組み立てていく。ここまでは一緒。しかし、地質学は、すなおにデータを残す自然が相手で、騙されるとしたら、自分で自分を騙している場合のみ。ところが、歴史学が対象とするのは人間社会であり、記録は歴史の場面にいた当事者が語ったり、書き残していったものとして残る。意図的に嘘を語る、知っているのに知らない振りをする、都合の悪いデータを破壊するなどの「人間の作為」から切り離すことはできない。この点が大いに違っていた。私の場合、地質学の分野の基本的なしごとのやり方の一端に触れたことが、古文書解読などの史学科での基本訓練に耐えるための心の支えになった。この講義を聞くことになったみなさんにも、将来、専門の世界で同じようなことが起こってほしいと願っている。

 大学の3年の時のことを思い出す。専門学部に進学して、演習に出席するようになり、過去の事象のとらえ方や、史料の読み方などの史学科の学生としての基礎的訓練を課せられていたころのことである。「なぜこのようなことをするのだろう」という疑問が頭の真ん中に生まれ、どうしても取り除けなくなってしまった。指導教官に聞いても、まだ早い、という調子であしらわれるだけだし、同級生や先輩に聞くのもこけんにかかわるようでできない。しかし、この疑問を迂回して先へ進むことはできなかった。仕方がないので、自分で考えることにした。

 高校時代や大学時代に、クラブ活動をやっていて部の運営について悩んでいるとき、つぎの二つの頭の働かせ方が同時に生じていたことを思い出した。あれと同じだなと感じた。そのころ、第一に、「部の運営とはそもそもどういうものなのだろうか」という疑問をもち、他の学校の同種の部と比較し、また、同じ学校の他種目の部と比べて、無意識のうちにも、部活動ということの一般的なあり方を追求していた。原理原則への問いかけ、対象の一般的な構造を把握しようと努力していた。第二に、「うちの部がこのような状態なのはどのような過去の経緯からなのだろうか」と、自分が入部する前の時代からの歴史を遡るという検討作業に、頭が自然に向いていたことも思い出す。現在にいたる具体的な事情の累積を、先に考えた一般的なあり方と対照しながら、分析的に把握しようとしていた。また、この過程への問いかけが、先の一般的あり方についての仮説を生むということもあった。たとえば、「うまく行っている部に共通するこの要素がかけているために、うちのクラブはなかなか上向かない」という把握ができるということである。この二つのアプローチは、互いに他によって促進され、当面しているクラブの運営問題についての考えを深めてゆくことになった。

 進路問題、将来の設計に悩んだ高校から大学にかけての時代には、また、自分のあり方について深刻に考え込んだ時でもあった。この場合も、「自分はどのような人間なのだろうか」という一般的な問いと、「このような人間に自分がなったのはどのような経歴のためだろうか」という過去への問いが、同時に、絡み合いながら、頭のなかを駆け巡っていた。

 以上の二つの事例からもわかるように、個人として過去に真剣に問いかける時の人間の認識の働きは、学問的な形での歴史的人間社会への問いかけを縮小した形をしている。当時、史学科の学生として、現在の時代に生きている多くの人たちを代表して過去のことを研究するのは初体験であったが、それまでにも、自分の個人史(パーソナルヒストリー)を振り返ることはなんどかやっていた。「この二つは同じ構造をもっているらしい」と気づいた。小学生の時、中学生の時、高校生の時、それぞれの時代に、それより以前の幼稚園時代の自分をどのようなものとして思い出していたかが、思い返された。その様は、明治維新、自由民権、帝国憲法、日清戦争、日露戦争、といった出来事が、その時代から離れるにしたがって、それぞれの時代状況のなかでどのように理解されてきたのかに、酷似していた。


 以上は、本学着任の数年後、学生からの質問に対し、咄嗟に思いつくままを、言葉を選びつつ語った内容そのままである。すなわち、自分と自分の環境を真摯に理解しようとするとき、歴史に問いかけ、そこから何らかの知恵を学びとるという一連の行動がはじまる。以下では、この過去への問いかけ方を人間行動の一つとして検討する。過去に問いかける時の二大要素である「過去をとらえるための視角の設定」(2、3、4節)と「過去を復原するための史料の扱い方」(5、6、7節)についてが具体的な内容となる。その際、近代日本における情報化の歴史を具体的事例として用いることとする。
--------------------

(岡田三津子編『人間・その総合的理解』、八千代出版、2006年4月、柴崎執筆分・第4章「どのように歴史を学ぶか」より「1 過去に問いかける」)

[註] 学生の質問に咄嗟に答えるという応答があったのは、着任の翌年、1989年度のことであった。1990年版より、そのエピソードを冒頭で紹介することになる。さらに推敲を加え、ほぼ現在のかたちになったのは、1993年版からである。なお、学生への応答直後にワープロに打ち込んだ内容を可能な限り手を加えず教科書に収録したため、文章語としては文体が整っていないところがある。

rshibasaki at 16:40コメント(0)トラックバック(0)「情報化から見る近代日本」工・人文社会入門 2005-2013終了  

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
Categories
Profile
Recent Comments
Archives
訪問者数

QRコード
QRコード
「日本の伝統と文化」教科書
  • ライブドアブログ