2006年06月12日

水難救済会長、愛国婦人会を批判(1907年)

「我が水難救済事業の如きは、婦人も亦大に力を尽して貰ひたい。併しこれも愛国婦人会のやうにお祭騒ぎをのみこれ事とせられては困る、あれ丈の大袈裟の会でお祭騒ぎの費用は実収入に幾倍する騒ぎをしても、その実に置いて挙がる所が少いから、物足らぬから、軍人遺族救助とか廃兵救護とか云ふ目的もありながら、然も他に之と拮抗する将校婦人会など云ふのが出来たのでも解る、かゝるお役所風のお祭騒的婦人の加勢は真平である、貴婦人が戦地へでも行かれて、看護に従事せられたのなら得心も行つたが、馬車に乗つて包帯巻に出懸けた位ではあまり、篤志の事とも思はぬ、故に慈善事業には飽くまでも真面目にして、その実の挙ることを主とし徽章を下げてお祭騒ぎにならぬやうにしたいもので、我救済事業もこれのなき婦人の賛助を乞ひたいものである」
(談話筆記「我水難救済事業発展の方針≪善意と徽章に就て≫ 会長伯爵吉井幸蔵」、帝国水難救済会機関誌『海』第8年第4号、明治40年4月25日、1頁)

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