2006年07月23日

歴史学機迷11週〕主力戦艦の関門海峡通過をめぐって(その1)---1902、1903、戦艦富士と井上敏夫

第11回、6月22日。

配布資料。

1表=
(1) 「水雷敷設の付属船」「富士艦の通過」(防長新聞、明治35年8月26日)
(2) 「艦船通過と海峡航路標識」(同、明治36年2月4日)
(3) 「関門海峡試航」(同、明治36年9月18日)
(4) 「各艦長等の更迭」(同、明治36年9月30日)
1裏=
(1) 『陸海軍将官人事総覧<海軍編>』(外山操編、芙蓉書房出版、1981年)より「井上敏夫」の項
(2) 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』(衆議院・参議院編、大蔵省印刷局、1990年)より「井上敏夫」の項
(3) ウェッブページ「明治・大正・昭和にわたる帝国海軍艦艇」より「戦艦富士」の項
2表=「大戦闘艦関門通過に就きて」(防長新聞、明治40年6月19日)
2裏=「関門水路整理策(井上海軍少将談)」(防長新聞、明治40年7月6日)
3表=「関門間海難減少策ニ関スル意見」(『山口県警察施設ノ主眼』、山口県警察部、明治42年、国立国会図書館近代デジタルライブラリーでネット閲覧可)

rshibasaki at 18:37コメント(0)トラックバック(0)「明治期山口県における水難救済会」工・歴史学2006  

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