2006年09月23日 15:28

第1回 導入

歴史学供崙蘇拜品と日清戦争再考」2006年9月21日 1,2時限
配布物
1(A4)表=梗概
1(A4)裏=シラバス
2(B4)表=「徳富一敬」「徳富蘇峰」「徳富蘆花」(朝日日本歴史人物事典)。「徳富蘇峰」(角川新版日本史辞典)。
2(B4)裏=山川・詳説日本史より近現代の略年表、日清戦争要図、日露戦争要図。「三国干渉」(角川甲板日本史辞典)。
3(B4)表裏=「年譜」(神島二郎編『徳富蘇峰集』巻末、筑摩書房近代日本思想大系8)

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【授業のねらい】
“台湾は、日清戦争を終結させるための下関講和条約により日本が領有し、その結果、中国本土とは別の歴史を歩むこととなった。それはいまから110年余り前、別の時代・別の場面・別の人々の世界の出来事であった。後期・歴史学IIでは、主題「日清戦争と台湾占領の起源−−徳富蘇峰研究から」を扱う。中心人物としては、民友社・国民新聞社のオーナー社長、兼、主筆記者であった徳富猪一郎(1863年〜1957年、蘇峰は号)に登場願う。後半生から晩年に若き明治の日々の若気の至りを語った蘇峰自身の回顧のトーンと、第二次大戦後の価値観を過去に投影した歴史研究が、奇妙に符合し、[日清戦争当時の蘇峰の行動の実相が]埋もれてしまった経緯を発掘する。研究プロセス自体を講義というかたちで提示するので、工学部の学生諸君には、研究の過程を観察し、自分の分野の同種の体験と対比するよい機会となるだろう。”

(1) 大正期・昭和期になってからの蘇峰の「遼東還付」言説の過去への投影を検討し、それを取り去った後に残る日清戦時の自己認識と行動の再構成。
(2) 日清戦争の「展開期」から「講和期」への転換点であった旅順要塞陥落直後の時点で、台湾占領の実行を政策化するプロセスに関与した蘇峰の姿を示す。
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上記下線部分を説明する板書。戦後の蘇峰研究の共通理解と、蘇峰自身が自伝などで語った把握は、日清戦争を境として蘇峰の生涯を二期区分で理解する点で共通する。
20060921徳富蘇峰の生涯二分



[註] 日清戦争の戦局を旅順占領を境として「展開期」「講和期」に区分するのは、『日清戦争の軍事戦略』における斎藤聖二さんの用語法。わたくし自身が以前から講義で使っていた表現だと「勝ち負けを争って戦闘がつづく前半」と「勝ち方の拡大と負け方の限定を争って戦闘がつづく後半」ということになる。但し、斎藤さんの「講和期」には休戦以後講和までも含まれる。

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