2006年11月06日

第5回 日露戦争前後の山口県

情報の世界 2006年11月6日(月) 3,4時限

前回・第4回「コンピュータ以前の電気通信」の内容を、個別の地域に即して跡づける。明治32年から43年まで(1899年〜1910年)の『防長新聞』の記事を並べて、約100年前の地域社会の実例として山口県を紹介する。

配布物
(1枚目) 「防長新聞」(吉川弘文館『国史大辞典』12巻、1991年)、日本史年表(1889〜1910年、『角川新版日本史辞典』巻末、1996年)、山口県年表(山川出版社『山口県の百年』巻末、県民百年史35、1983年)、「山口県全図」(同前)、『徳富蘆花全集』16巻・奥付。
(2枚目) 「徳富蘆花」(『朝日歴史人物事典』、1994年)、徳富蘆花著・小説『富士』第13章「西へ」・第19章「東へ」より1889年および1895年の東京〜熊本を往復する際の交通・通信事情を窺わせる個所。
(3〜5枚目) 防長新聞の以下の記事。
1. 「戊辰以来の天候」(明治35年9月5日1面)---天文台が天候不良のため時刻の観測ができない
2. 「在清軍人と家族間の私電報」(明治43年3月1日2面)---北清事変以後華北方面に駐屯する陸海軍軍人と内地の家族間の電報の取扱い
3. 「電信電話の雪害」(明治36年2月6日3面)---全国的な豪雪による電信線不通と復旧状況
4. 「韓海海底電線敷設の計画」(明治36年9月30日1面)---日本〜台湾間の海底電信線敷設の時に購入のケーブルの余りが逓信省に残っている、それを用い朝鮮半島の東海岸と西海岸に沿って海底電信線を短期間に竣工可能
5. 「英国汽船電線を切る」(明治38年3月5日1面)---関門海峡に敷設の電信線を英国汽船の錨が切断
6. 「日米間海底電線」(明治37年4月12日1面)---米国「商事海底電信会社」がサンフランシスコ〜マニラ線上のグアム島から支線を作り日本へ結ぶ可能性を米国政府に打診。米国政府の慎重、露国政府の憤慨、種々の報道
7. 「関門海峡外六連島望楼」(明治36年10月22日2面)---関門海峡の西に接する六連島の海軍望楼が一昨日より業務開始
8. 「海軍望楼員の演習」(明治41年2月11日2面)---六連島海軍望楼員の小銃実弾射撃演習
9. 「海軍大主計の六連島視察」(明治41年3月26日2面)---呉海軍鎮守府経理部録事大主計鈴木三郎、下関水上警察署の赤間丸に乗り、六連島海軍望楼その他を視察
10.「加藤参謀長の三島行」(明治41年8月15日2面)---加藤定吉舞鶴鎮守府参謀長外二名は阿武郡見島村を視察予定
11.「無線電信条約」「無線電信規則」(明治42年6月25日1面)
12.「無線電信局」(明治41年6月20日2面)
13.「山陽鉄道厚狭馬関間開通式」(明治34年5月28日3面)
14.「三田尻小郡間電信線路測量」(明治34年5月30日3面)
15.「交通機関と郵便物の速達」(明治34年5月31日2面)
16.「新聞販売者の大競争」(明治34年3月7日3面)
17.「新聞縦覧所の設置」(明治33年8月1日3面)
18.「新聞縦覧序の設置」「日露海戦実況幻燈会」(明治37年2月23日3面)
19.広告「防長新聞 一ヶ月弍拾参銭! 山口町字米屋町 みやび館」(明治32年2月11日4面)



rshibasaki at 21:46コメント(0)トラックバック(0)「人類史に情報を概観する」工・情報の世界 2006-2015終了  

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