2006年11月23日

A.B.ミットフォードの証言

「二月四日の午後二時頃、外国公使たちが外国人居留地として割り当てられた神戸の土地の検分に余念がなかった時、兵庫側の門から入って来た備前藩の兵士の一団が、命令に従って立ち止まるや否や、外国人目がけて殺意をこめて銃火を浴びせてきた。幸いだったのは、兵士たちが銃の照準の合せ方が分かっていなかったことで、後で判明したことだが、最近、アメリカから買い入れたばかりの銃だったのである。私の古い友人ドーチェスター卿がセバストポリの要塞攻略の話をしてくれたことがあったが、彼ら備前兵の発砲の仕方は、その要塞戦で軍曹が部下に命令したのと同じやり方だった。ロシア人の頭が要塞の胸壁の上に見えた。英国近衛歩兵連隊の一兵卒が「照準をどのくらいにしますか」と尋ねた。その答えは、「照準一○○○ヤードにして敵を仕留めろ」であった。一齊射撃が何度か行なわれた。ハリー・パークス公使とスナップ艦長もその真っただ中にいた。他の公使たちや、その他おおぜいが銃火にさらされた。幸いにも、オウナイダ号の若いアメリカ水兵が軽い怪我をしただけであった」
(英国外交官の見た明治維新---リーズデイル卿回想録、117〜118頁、太文字と下線は引用者による強調)

「さて、この暴力行為を正当化するような挑発があったのかどうかである。我々の得られた限りの証拠は、攘夷思想の旺盛なことで有名な備前兵が途中で出会った外国人を、誰彼なく侮辱する機会を見逃さなかったということであった。彼らが外国人居留地の北側の道を隊列を組んで歩いていた時、ロッシュ公使の護衛の一人であったカリエというフランス人が、酒屋から出て来ると、日本人から荒々しい言葉で話しかけられたので、どうしたんだと尋ねた。これに対し、日本人は答える代わりに威嚇するような身振りをした。そこで騒ぎが起こり、兵士の一人が槍の覆いをとってカリエを突いたので、彼は急いで片側に逃げて一軒の家の中に飛び込んだ。この時、指揮官の滝善三郎が馬を下りて、集まっていた外国人目がけて射撃するよう命令したのである」
(同、119頁)

「この攻撃は、西洋との交際に特に敵意を持っていることで知られた藩の仕業であって、条約諸国全体に対して向けられたものである。条約諸国の旗は、そのために特に新たに建てられた建物の上に翻っていたのであって、条約の権利のもとに安心して新しい居留地を設計しようとして、おおぜいの部下を連れて現地を検分していた各国の公使たちは、奇跡的に死を免れたのである。この暴力行為は、故意に行なわれたもので、挑発されたものでは全くない。行列を横切ったという話は、後からの作り事である。当時、我々はそんな話を聞かなかったし、日本人自身も同じ見解をとっていたので、責任者の士官は腹切りを宣告されたのである
(同、123頁、太文字と下線は引用者による)

どうやら...。
1. 「照準一○○○ヤード」とは、照準を914.4メートルに合せるとの意。
1. 撃たれた「オウナイダ号の若いアメリカ水兵」は「軽い怪我をしただけ」
2. 「ロッシュ公使の護衛の一人カリエというフランス人」が槍で刺された(生命は無事)
3. 外国人が「行列を横切ったという話は、後からの作り事」

ミットフォードの"Memories"が執筆されたのは、その内容に出てくる徳川慶喜や井上馨の死去についての言及から判断して、1914年から1915年の間であると推定できる(出版は1915年)。神戸事件を体験した1868年以降、47年の歳月の間に、記憶が変形した部分もあり、それまでに出版されたものの内容と体験からの情報が混淆した可能性も考えられる。上記3.の"外国人が行列を横切ったのは後からの作り事だ"というのは記憶の変形の結果である可能性が大きい。

1915年に回想録に固定された歴史像がどのような過程で形成されたのかを、確かめたい。

なお、アーネスト・サトウの回顧録、すなわち『一外交官の見た明治維新』(岩波文庫)の原本の出版は、1921年であり、1916年に亡くなったミットフォードは、生前に読む機会はなかった。ミットフォードが執筆に当り参考にしたのは、サトウの日記である。1921年1月の日付の付された『一外交官の見た明治維新』の序文の最後は、つぎのような断り書きとなっている。
「この本のある部分では、私の友人で、すでに故人となっているリーズデール卿の著書『回想録』と数頁にわたり重複するところがあると思う人もあるかも知れない。それは、同卿がその著述をやっていた際に、卿と一緒に日本に滞在していた時分につけた私の日記の一部分を、同卿に借覧させたことがあったからだ。だから、私が自分の本を書くにあたって、同卿の著書を参考に使ったというわけではないのである」
(一外交官の見た明治維新、上、10頁)

rshibasaki at 17:17コメント(0)トラックバック(0)<神戸事件>  

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