2006年11月25日

小銃弾飛翔ラインについて、兵頭二十八さんの記述

「無煙火薬(スモークレスパウダー)は、明治18(1885)年、フランスで発明された。英語ではコットンパウダー(綿火薬)ともいう。
 成分分類的にはダイナマイトの親類であるこの火薬は、燃焼速度は黒色火薬(ガンパウダー)よりも遅いが、発生する燃焼ガスの仕事量はより大きい。
 そのため、小銃の銃身に破壊的な衝撃を及ぼすことなく、弾丸を超音速まで加速されるのによく適していた。
 初速が大きくなって好ましいことは、小銃の実用射程内での命中率が高まることである。
 例えば、500m先で密集横隊を組んでいる敵歩兵を、照準眼鏡などが付いていない歩兵銃で狙撃することを考えてみる。試みに、今の高層ビルの最上階の窓の大きさは地上からはどのくらいに見えるかを実験されたい。500mといえば、東京タワーの高さよりもある。裸眼狙撃の限界に近い距離と考えていいだろう。
 旧来の、黒色火薬の力で弾を射ち出す歩兵銃では、500m先の標的を正しく狙うためには、照門(リアーサイト)の高さをやや変更して、銃口が少し天を向くように構えなければならなかった。
 射ち出された重い弾丸は、ゆるやかな弧を描いて飛んで行くが、その弧の頂点を「最高弾道点」という。黒色火薬を推進役に用いる歩兵銃から500m先の目標を狙った弾丸は、飛翔経路中間附近での最高弾道点が、地表から2・5m以上にも達する。
 標的として仮想する敵歩兵の身長は1・67m、騎兵のシルエットの高さなら2・5mと、当時はみなされていた。
 つまり、射距離500mでの最高弾道点が地上1・6mを越える銃は、照門の高さをちょっと間違えただけでも(すなわち射撃指揮官が敵兵との距離をよほど正確に測って兵士たちに教えてくれない限り)、よく狙って放ったはずの弾丸が、敵の頭上高く越えていってしまったり、敵の足元のモグラを脅かすだけにおわる可能性が高かった。
 逆に、諸距離500mにおける最高弾道点が、1・6m以下にしかならない銃ができたとすれば、その銃の射手は、敵歩兵がはっきりと見分けられる距離(だいたい500〜700mとされている)であるのならば、照門を500mに合せて、ともかく相手の足首を狙って発砲すればよい。弾丸は、敵兵が0〜500mの間のどこかの距離に存在する限りは、必ずやその頭部より下、足首より上に命中するはずである。」
(有坂銃---日露戦争の本当の勝因、1998年、62〜63頁)

「歩兵銃の実用射距離は、錯雑地形で散兵を相手にするときは200m以上にはならないし、まっすぐにこちらを襲撃し来る騎兵集団に対するときには、逆に800m以上から狙っていかなくてはなるまい。面目標とみなせる敵密集部隊に対しては2000mで発砲する場合すらあった。
 それでも、弾道が低伸する(=最高弾道点が低い)ほど、上下方向への外れ弾が減る原理は、射距離に関係なく同じである。
 そうした低伸弾道を得る唯一の方法は、弾丸の初速を高めることだった。
 弾丸の初速が大きくなりさえすれば、弾道は低伸し、最高弾道点は敵歩兵の中腰の突撃も許さないほどに低くなるわけである。」
(同、63〜64頁)

*

内山正熊著『神戸事件---明治外交の出発点』(中公新書681、1983年)は、こうした小銃の弾道特性と照準の問題を考慮に入れていない。 
ミットフォードが頭上を飛翔する弾丸に殺意を感じたのは、この種の小銃射撃についての知識をもっていたからであろう。 

rshibasaki at 19:55コメント(0)トラックバック(0)<神戸事件>  

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