2006年11月26日

徳富蘇峰著『近世日本国民史』には詳細な記述あり

蘇峰徳富猪一郎著『近世日本国民史 67 官軍・東軍交戦篇』(1963年、時事通信社出版局内近世日本国民史刊行会)を見ると、複数史料を引用しつつ、詳細な検討と評価が行なわれている。巻頭の例言を見ると、「本篇は昭和十二年三月二十六日起稿、昭和十二年六月九日脱稿」とある。1937年書かれた内容である。「通算第六十七冊」は「明治天皇御宇史第六冊」に当る。第11章「戦争直後の対外問題」、第12章「神戸事件の交渉」が関連する章となる。

そこに引用されている内外の記録を、現在の史料の所在と対応させて確認・理解するのは大変な作業になりそうだ。


神戸事件が発生した陰暦1月11日、当日に、兵庫でアーネスト・サトウと面談した長州の片野十郎の証言が、つぎのように引用されている(同書250頁)。
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  何分備前暴動、甚以不相済、元来行軍へ失礼致候にもせよ、
  仏蘭西マトロスの事に付、其者を如何様に致候とも、異論
  無之候得共、其跡にて各国留館へ銃撃致候段、何共不相心得、
  今般日本政府改革の趣に付ては、決て破約の国論に相成候故と
  推察致候との事。
 此れは英国公使館通訳サトーの申分だ。勿論新政府が、条約諸国と破約するが如き非常識の事ある可き筈無く、又た斯く信ず可き理由は無い。但だ彼等は感情が昂奮し、議論の行掛りにて、斯くは申したものだ。
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ここでわかるのは、サトウは二つのことを区別し、一方は、フランスの水兵を「如何様に致候とも、異論無之」と譲歩し、一方「其跡にて各国留館へ銃撃致候段、何共不相心得」と非難する。当時の記録から現在の研究にいたるまで、すべてのなかで、いちばん明確に事態を整理している。

rshibasaki at 18:55コメント(0)トラックバック(0)<神戸事件>  

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