2007年03月18日

脱稿

構成はつぎの通り。

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明治期山口県における水難救済会の組織形成

  はじめに
一、全国組織としての歴史・背景
 1. 募金組織と実行組織
 2. 自生的救難組織
 3. 外国船と沿岸民
 4. 水難救済会の創設
 5. 国庫補助と救難所設置
二、山口県における組織形成
 1. 救難所の配置
 2. 航路と海難
 3. 救助方法と人員
 4. 山口支部発会式
三、公益団体と地域
 1. 模範としての赤十字
 2. 諸団体の競合
 3. 警察組織と、武徳会、水難救済会
 4. 海事と地域社会
  結び
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コメント一覧

1. Posted by 三浦 義幸   2008年03月18日 09:42
初めまして、
今回、帝国水難救済会の件で、検索させて頂きましたら、
柴崎 力栄さんの論文を読ませて頂きました。
最近、親類の家から、明治時代の、救済会の救援の感謝状・表彰状が、出て参りましたので、表装をやり換え、保存が、可能になりましたので、拝見確認させて頂きました。
全部で、70回の救難活動をされた表彰状も出て参りました。 宮家が、係わっていたので、何故かなの発想です。
帝国水難救済会自体、判らなかったので、検索で、始めて、救済会の様子が分かりました。
防長新聞の下関市 彦島村 俎板の瀬(マナイタ);(当地では、マナータ)での、水難事故の件が、掲載をされていました。当時の事、何か判る資料が、また、柴崎様の論文での、掲載があれば、また、教えて下さい。

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