2008年04月17日

第2回 関門海峡を試航した戦艦富士艦長井上敏夫大佐

2007年4月17日(木)、2・3時限。

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1. 1997年の平間論文    (広義の海軍とは何かを示す唯一の先行研究)
2. 井上の前半生、後半生  (狭義の海軍の世界から広義の海軍の世界へ)
3. 関門海峡          (狭義の海軍と広義の海軍の接点となる地勢)
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配布資料。
1表=平間洋一「『陸奥海王国』の建設と海軍: 大湊興業を軸として」(政治経済史学370、1997年4・5・6月合併号)85〜86頁「二 大湊興業の創設と海軍 (一)マハンのシーパワー論」部分
1裏=同94頁「おわりに」部分
2表=
(1)ウェッブページ「明治・大正・昭和にわたる帝国海軍艦艇」より「戦艦富士」の項
(2)『陸海軍将官人事総覧<海軍編>』(外山操編、芙蓉書房出版、1981年)より「井上敏夫」の項
(3)『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』(衆議院・参議院編、大蔵省印刷局、1990年)より「井上敏夫」の項
2裏=
(1) 「水雷敷設の付属船」「富士艦の通過」(防長新聞、明治35年8月26日)
(2) 「艦船通過と海峡航路標識」(同、明治36年2月4日)
(3) 「関門海峡試航」(同、明治36年9月18日)
(4) 「各艦長等の更迭」(同、明治36年9月30日)
3表=
(1) 石川県立図書館「石川県関係人物文献検索」を「井上敏夫」でサーチした結果
(2) 『石川県百年史』(石林文吉著、石川県公民館連合会、1972年)より石川県出身海軍将官列伝のうち井上敏夫の記述(746〜747頁)
(3) 井上敏夫死亡記事(北国新聞、大正13年3月15日)
3裏=
(1) 『対支回顧録』下巻(対支功労者伝記編纂会、1936年)676〜677頁、「井上敏夫君(海軍少将)」の項
(2) 『日本交通史辞典』(吉川弘文館、2003年)より「港湾調査会」の項
4表=「大戦闘艦関門通過に就きて」(防長新聞、明治40年6月19日)
4裏=「関門水路整理策(井上海軍少将談)」(防長新聞、明治40年7月6日)

rshibasaki at 15:34コメント(0)トラックバック(0)「明治日本の海権論と広義の海軍」工・歴史学2008  

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