2008年10月23日

第6回 北進論の優先順位の低下

2008年10月23日(木)、1・2時限。

1. 清国政府お雇いドイツ人、デトリングが招商局の汽船レーユウ号で神戸港に来着し、2日後の1894年11月28日に出帆帰清した関連の新聞記事を示し、「台湾占領の意見書」説明の補足とした。

2. 斎藤聖二著『日清戦争の軍事戦略』(芙蓉書房出版、2003年)を紹介し、直隷作戦が優先順位1番から、2番目に置き換えられたのが、旅順占領後の「講和期」に入ったときであったことを紹介。台湾占領計画が講和までの作戦に組み込まれたのはこの時だった。

軍略的には、直隷作戦(北京占領)が主攻だが、政略的には、台湾占領が主攻であり、直隷作戦はむしろ助攻だったのではないか。

rshibasaki at 17:56コメント(0)トラックバック(0)「日清戦争と徳富蘇峰をめぐる地政学」工・歴史学2008  

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