2008年12月17日

第11回 徳富蘇峰の社会的立脚点と言論

2008年12月4日(木)、2・3時限。

蘇峰にとって言論とは社会的影響力を獲得するための手段であった。少なくとも、日清戦争前は明確にそう言える。日清戦争後はその影響力を行使する段階へ移ったとも言える。
1884年12月28日付阿部充家宛徳富蘇峰書翰を紹介し、『蘇峰自伝』の日清戦争中の記述の続き「威海丸にて旅順に随ふ」「遼東半島視察中桂公と相識る」を読み、1896年4月14日の社説「欧米周遊に就て江湖の諸友に告ぐ」の論旨を確認した。その上で、国家将来像についての立論、組織的人的な依拠基盤、国内政治への関与の仕方のなかに位置づけた。



rshibasaki at 22:11コメント(0)トラックバック(0)「日清戦争と徳富蘇峰をめぐる地政学」工・歴史学2008  

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