2010年03月02日

「歴史学供2009試験問題と正解

 歴史学供 柴崎 2年次〜 参照許可物等なし
1.文章A〜Hは、それぞれどの記事・論文・書籍の一部分か。選択肢から選んで選択肢の番号を記入せよ。選択肢の同一番号は2回まで記入してよい。(1個4点、計32点)
A→____ B→____ C→____ D→____ E→____ F→____ G→____ H→____         
<選択肢>
1. 徳富猪一郎『将来之日本』経済雑誌社、1886年刊
2.『国民之友』連載「日本の国防を論ず」。『日本国防論』民友社、1889年1月刊
3.『読売新聞』1890年11月8日号「陸軍は半兵半農、海軍は半艦半船」
4. 有地品之允「海防意見書」1891年4月11日付
5.『読売新聞』1891年7月17日号「肝付海軍大佐の軍備論(六百五十万円の使途)」
6. 1891年7月刊『兵商論』。『国民之友』1891年8〜9月、Q.S.T.「兵商論」
7.『国民之友』1891年8月3日号社説「対外政策の方針」

文章−A 「吾人は実に云ふ富の力は以て兵に敵す可し。兵の力は以て富に敵す可らす。何となれは今日の世界に於ては兵は富に依て維持することを得るも富は兵に依て維持することを得されはなり」。「今日の常備軍は人民を保護し、人民の生産を保護せんか為に存在すれとも、昔時の人民は此の武士、及ひ高等なる武士を奉養せんか為に存在したりしなり」
文章−B 「日本に於ては(第一)殖民地無し(第二)将来に於ては、或は繁盛するかも知らざれども、今日に於ては、大いなる手広き海外貿易無し、即ち我国人各処に出張するに非すして、外国人等が我邦に出張して取引を為し居れり、去れば海外出交易者を保護するの必要も別段多からざる可し」。「吾人は始終防御のみを説て、敢て一歩も国境を越へて外国に威武を伸ふることに説き及はす、思ふに世の壮士は或は之を不満とするものあらん、〔中略〕、吾人と雖他日事ある時に於ては、太平洋の水、中央亜細亜の野、欧州諸強国と抗衡して、日本の国旗を輝かすことを欲せさるにあらす、唯た其の実力なきを恐るゝのみ」
文章−C 「人は言ふ、兵は凶事なり軍備は不生産的なりと、是れ海陸軍任務の差別を識らざる者の言なり、苟も文明海陸軍任務の在る所を知了せは容易に斯る説の誣妄なるを弁すへし、夫れ海軍の任務は、戦時に於て攻撃又防守上の主働者たるに止らす、尚ほ平時に於て商業漁猟を保護し商民移住民を衛護する等、全く国益の増進を資くるに在れは、寧ろ平和の保証者にして間接には国家の生産を助長する者なり」
文章−D 「平和的政策は何ぞ、其精神とする所は、自衛防御を主とし、其目的とする所は、貿易を盛にし、各国間の好意を敦くし、或は移住と云ひ、或は殖民と云ひ、其他国家の福利と尊栄とを挙て、之を外交的機能の上より補はんと欲する者なり、外交的機能の後には、戦艦軍兵、固より是が後楯たるなり、而して国民の大精神更に之が後楯たるなり、文略的対外政策は、独り内政の改良に衝突せざるのみならず、偶以て内政の改良を成就せしむる、一の方便と為る者あり、何となれば、其貿易を盛にし、其関門を開き、天下の利をして、己れに聚めしむるを主とするが故に、是が為に、積極的に於ては、国民の生産力を加へ、国家の財用を富贍ならしめ、消極的に於ては、国民の壮丁を不生産的に使用し、国家の資本を不生産的に消費するが如きことなきを以て也」
文章−E 「魯国に行はるゝ海軍の組織に倣ひ今後普通の軍艦の外に尚軍艦の用をなすべき商船を造り置き、平時は商船として動かしめ戦時は軍艦の助けをなさしむること恰も陸軍の屯田兵に於るが如く、彼れが半農半兵の組織に倣ひ我は半商半兵、即ち半船半艦の軍艦を備へ置かんことを望む」
文章−F 「以上陳述せし所の計画を実行せらるるに至らば、条約改正の実効を見ることは勿論、平時は貿易の安全を保護し以て東洋の商権を握ることを得、戦時は強敵を海上に邀撃(ようげき)する等の運動を為すは自在たるべきなり。斯の如くして始めて日東一帝国の真面目を発揚し併せて民力休養の実利を享有せしむるに庶幾(ちかか)らん乎。希くば此計画を称賛し以て直に之を実行せられんことを」
文章−G 「此頃横浜に停泊中なる清国北洋艦隊の来航は、我海軍社会に非常の感動を与へたるものの如し。大佐が此頃某氏への嘆息談を聞くに、定遠号は到底水雷の力にあらざれば迚も大砲などにては敵し難し。隣邦既に斯る堅艦を有す。我国豈黙視して止むべきならんや。第一期議会の賜物六百五十万円あり。須く以て世界一等に位する大艦製造費に充つべしと」
文章−H 「平時に於ては、貿易郵送に従事して積極的に国家の利益を進め、戦時或は事変あるに於ては、忽然兵装を施して軍務に従事し、消極的に国家の利益を保護するは、洵に策の得たるものならずや、或は今日軍艦の精鋭なる、到底平時の商船を以て戦時の需要に適し能はさるを疑ふものあらんなれとも、是れ事実の真相を察せさる想像のみ、固より純然たる戦闘艦に比較すへからさるは当然の理なりと雖も、速力を高め、防水区画を多くし、汽機汽罐を保護し、且つ新式大砲を搭置するの準備あるに於ては、所謂兵装巡航船に変して交戦爪牙の間に周旋し、或は偵察用に或は迅速の通報用に或は敵の商船を破壊するに適応すへきは、各国の既に経験せる所なり」

2.下線部に適合する語句を<選択肢>から選んで記入し、文章を完成しなさい。(1個4点、計68点)
本講義の主題は「国家将来像をめぐる海軍と徳富蘇峰」であった。現在の我々が見落としがちな国家将来像、海軍、徳富蘇峰それぞれの過去の側面を指摘し、それらが組み合わさった場面を、歴史の流れの一例として示した。
(1) 昭和戦前、日本はユーラシア大陸に領土と勢力圏をもつ国家だったが、明治時代まで遡るとそれ以外の可能性も存在した。日本は____________の結果、台湾を領有した。戦後、国土は、千島列島・日本列島・琉球列島・台湾から構成されることになった。当時の日本人は自国を国土の形から「_______________」であると考えた。日本の商社や銀行の支店網がアジア各地に広がり、日本人が各港に居留民団を結成するようになった。こうした状況を背景に、国家の将来を_____________として思い描く基盤が成立した。
<選択肢> 日清戦争、日露戦争、島帝国、大陸帝国、通商国家、軍事大国

(2) 第二次世界大戦の太平洋戦線を華々しく戦い、敗北した_____________の印象が強く残るため、今日、海軍というと__________における戦闘組織として理解される傾向がある。しかし、レーダーもなく、無線電信も開発途上であった明治時代、軍艦であろうと、商船・漁船であろうと、航海から無事に帰港すること自体が困難さを含んでいた。今日、地球の周回軌道の利用が、防衛上、商業上、ともに技術的な困難さを伴っているのと同様の事情があった。明治時代の海軍の活動には、商船・漁船など____________における民間の海洋利用を保護し、また、____________の保護を任務とし、一国の海洋を通じた活動全般を庇護する国家機関の姿があった。
<選択肢> 大日本帝国海軍、アメリカ合衆国海軍、戦時、平時、在外邦人、在日外国人

(3) 徳富蘇峰を人名辞典で調べると、新聞記者・ジャーナリストなどと前半生の職業が記されている。しかし、慎重に眺めてみると、雑誌『____________』および書籍を発行する出版社としての民友社と、1890年以降、『______________』を発行する新聞社の個人経営者としての立場を背負っていたことに気づく。すなわち、____________を主張し、藩閥政府の政権独占を批判した日清戦争前の蘇峰は、自己の経営する新聞雑誌の社会的影響力を確立することを当面の課題としていたとの解釈も可能である。
<選択肢> 東京経済雑誌、国民之友、東京日日新聞、国民新聞、国民主義、平民主義

(4) 徳富蘇峰と海軍の両者に国家将来像をめぐる論争上の接触を強いたのは、1890年以降帝国議会が開設されて、__________年度以降の海軍費を含む国家予算は、帝国議会の承認が必要となった制度的な条件の誕生にあった。特に、各地の選挙区から選出された___________議員は、地域の将来についての具体的な構想とその実現を期待していた。海軍軍人として記者のインタビューに応じた____________は、水路部長として日本の沿岸各地の測量に従事した経歴をもち、こうした地方の実情に通じていたと思われる。
<選択肢> 1890、1891、衆議院、貴族院、肝付兼行、川上操六

(5) _____________を卒業した後、第一回帝国議会頃、海軍編修書記として海軍参謀部に勤務していた__________は、陸海軍備についての新聞雑誌記事を収めた資料集『_____________』を編纂したり、議員や記者に配布する小冊子の執筆を担当した。後に日本郵船に転じて同社の調査部門の創設者となった。かれは、日清戦争前は、「軍用商船」や「兵装巡航船」という名称で、戦時に武装し、国際法上の軍艦として用いるある程度の防備区画をもつ高速商船の建造補助と平時における航路補助金の制度の整備を主張した。この種の商用・軍用兼用の艦船を、日露戦争から第一次世界大戦当時の日本では_____________と呼んだ。バルチック艦隊を発見した信濃丸が著名である。
<選択肢> 東京帝国大学、慶應義塾、寺島成信、曾我祐準、軍備論集、兵商論、特設巡洋艦、仮装巡洋艦











【正解】
1.
A → 1
B → 2
C → 6
D → 7
E → 3
F → 4
G → 5
H → 6

2.
(1) 日清戦争、島帝国、通商国家
(2) 大日本帝国海軍、戦時、平時、在外邦人
(3) 国民之友、国民新聞、平民主義
(4) 1891、衆議院、肝付兼行
(5) 慶應義塾、寺島成信、軍備論集、仮装巡洋艦

rshibasaki at 21:50コメント(0)トラックバック(0)「国家将来像をめぐる海軍と徳富蘇峰」工・歴史学2009-2010  

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
Categories
Profile
Recent Comments
Archives
訪問者数

QRコード
QRコード
「日本の伝統と文化」教科書
  • ライブドアブログ