2010年08月16日

「歴史学機2010試験問題と正解

 歴史学機 ー萄蝓  。嫁次〜   木曜・2/3時限    参照許可物等なし
1.下線部に適合する語句を<選択肢>から選んで記入し、文章を完成しなさい。    (1個4点、計100点)

(1) 地球表面の自然地理は、その時代に利用可能な交通・通信技術によって、その時代の舞台設定となった。1891年に、日本海の対岸にある港湾都市、             を起点とする             鉄道の建設が始まり、太平洋と大西洋を結ぶ             運河建設計画が日本の新聞紙面で話題となった。          著『実業論』には、この年に『時事新報』に掲載された後者の建設計画についての社説が引用されている。
<選択肢> 釜山、大連、ウラジオストク、サンフランシスコ、北米大陸横断、シベリア
スエズ、ニカラグア、福沢諭吉、佐藤鉄太郎

(2) 肝付は、ウラジオストクから伸びる航路を三つ想定し、それぞれの航路に対応した商港の候補地を挙げる。日本海と東シナ海を結ぶ         海峡を経由し上海にいたる航路に面した北九州の港として仮屋、日本本土の中心部に対応した港として日本海沿岸の                     海峡を経由しアメリカ大陸西海岸にいたる航路に面した港として           を適地とする。最後の北米方面航路に対応し適地とされた港湾候補地のある青森県で出版された本が『                     』である。その巻末には、稲垣満次郎の論説とともに、肝付の「西比利亜鉄道に対する日本の開港場を論す」が抄録されている。
<選択肢> 対馬、津軽、下関、敦賀、大湊、室蘭、陸奥湾之将来、「陸奥海王国」の建設と海軍

(3) 基調講演「海洋国家日本の戦略----福沢諭吉から吉田茂まで」で、                氏は、「明治中期における海軍拡張論は、貿易国家論と強く結びついていた。それはまた、日英米協調論とも結びついていた」と指摘する。これは、談話記事「二十世紀の軍事(肝付兼行氏談)」末尾で、肝付が、「余は最後に明言す。二十世紀に於て我が帝国は如何なる事情あるもアングロサクソン人種を敵とすべきに非ず。何となれば其長所を同じくするものを敵とするは国の利益にあらざればなり」と語ったのに符合する。また、前述の『実業論』も、自由貿易による経済発展を基調とした同じ方向性をもつ議論であった。そもそも、今回の講義で扱った明治期にあっては、海洋は、             という新たな技術によって従来に比して高度に利用可能となったフロンティアであり、現在、地球周辺の宇宙空間が占めているのと類似した意味づけをもつ空間であった。
<選択肢> 北岡伸一、平間洋一、帆船、蒸気船

(4) フロンティアにつぎの世代を呼び込むこと、子どもや青年にその重要性を理解させることは、どの時代にあっても欠かすことのできない活動であった。肝付の時代は、20世紀になってから始まる          メディアがまだない時代である。肝付は、               の役員を務め、その組織を通じて、義務教育の小学校の教育内容へ影響を与えようとし、また、全国を行脚し           活動を行った。どちらの場合も、海軍や海洋についての理解、すなわち、             を、子どもの世代を含む国民に広めることを意図したものであった。
<選択肢> 放送、印刷、大日本教育会、東京数学会社、講演、執筆、海事思想、開明思想

(5) 米国海軍のアルフレッド・セイヤー・マハンが            年に刊行した『海上権力史論』は、その年か翌年には日本海軍関係者の注目するところとなったと推測できる。その刊行年、日本では第一回総選挙が行われ、最初の国会である第一回帝国議会が召集された。これ以後、建艦計画を含む海軍の         は、帝国議会の事前承認が必要となる。海軍は、議員や議員の背後にいる国民に、海軍力整備に対する支持を取り付ける必要に迫られることになった。
<選択肢> 1890、1911、予算、決算

(6) 肝付がマハンの主張について、公開の場で最初に語ったのは、           戦争中の国民新聞に連載された「海上の権力 (肝付海軍大佐の意見)」においてであった。これは、「二十世紀の軍事(肝付兼行氏談)」と同様に、マハン『海上権力史論』緒論で詳述された一国の海洋支配力、すなわち、               を構成する6つの要素についてコメントを加える形式で語られていた。その6要素とは、国土の位置、国土の形、国土の広さ、人口、国民の品性、政治体制である。当該談話記事では、このうち             について論し、海に関わる職業人をどのように養成するのかを語っている。マハンの論が伝わる以前、1886年に肝付が行った講演「本邦沿海ノ大勢ヲ知ラシムルノ教科ヲ小学校ニ設クルノ必要ヲ論シ併せて該書編輯ノ意見ヲ述ブ」においてかつて論じたことのある海軍軍人・商船員の養成に関する主張が、マハンという           思想との出会いを通じて具体的かつ詳細に提示されるようになった姿を見ることができる。
<選択肢> 日清、日露、ネイバルパワー、シーパワー、国土の形、人口、外来、在来

(7) 今回の講義を組み立てるに際し直接に影響を受けたのは、1997年に発表された平間洋一氏の論文であった。明治期の日本では、マハンの主張を「海上権力論」と訳し、それを短縮して「            」と呼んだ。単に海軍力だけでなく、海外貿易や移民の手段となる           、港や造船所などを含め、一国の海洋支配力の全体を発展させる必要が説かれた。先に(1) で言及したように、中米の運河開削と、東アジアとヨーロッパを結ぶ大陸横断鉄道の建設が背景の事情となっていたことは、既にこの論文が指摘していた。
<選択肢> 海権論、制海権、商船隊、漁船隊

(8) 肝付兼行は、海軍の           担当者とでも言うべき役割を果たした。             の業務として日本沿岸各地域の実地測量を行った。その経歴が、結果として、軍港の適地の選定のみならず、商港の適地選定の権威者としての社会的立場を形作った。
<選択肢> 広報、諜報、水路部、陸地測量部















【正解】
(1) ウラジオストク、シベリア、ニカラグア、福沢諭吉
(2) 対馬、敦賀、津軽、大湊、陸奥湾之将来
(3) 北岡伸一、蒸気船
(4) 放送、大日本教育会、公園、海事思想
(5) 1890、予算
(6) 日清、シーパワー、人口、外来
(7) 海権論、商船隊
(8) 広報、水路部



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1.  2 映画 「戦艦・大和」  (4)   [ ブログ人 ]   2010年10月01日 03:49
      ブログ小説             夕陽・少年隊          

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