2018年03月01日

2017年度後期「歴史学」試験問題と正解

1.下線部に最も良く適合する語句を<選択肢>から選んで記入し、文章を完成しなさい。 (1個4点、計72点)
(1) 「台湾占領の意見書」には、台湾を「今日占領することができなければ、永遠に占領する機会はないに違いない。なぜならば、他の諸強国は今後において手を拱き指をくわえて傍観するはずはないからである。言い換えれば、日本がもし今日において取らなければ、近い将来、諸強国が必ず今後において取るに違いない」という主張がある。これは当時の人々には自明の前提となっていた 国際法の知識がなければ理解できない事柄である。日清両国が戦争状態にある間は、その戦争に参加していない欧米諸国には            の義務が課せられる。欧米諸国間の相互牽制もあり、欧米の一国が台湾を占領することはあり得なかった。しかし、戦争当事国である日清間に             条約が締結・批准され、東アジアが            に戻った後に、欧米のある一国が、外交的圧力や経済的な力を用いて清国に台湾割譲を強要する可能性が想定された。意見書の差出人はそうした事態を危惧していた。
<選択肢> 平時、戦時、交戦国、中立国、講和、休戦

(2) 井上毅が伊藤博文宛に投じた1894年10月11日付の書翰が主張する台湾占領論には、「台湾占領の意見書」には存在しない、ないしは明示されていない論点が二つある。一つは、台湾と           とを対比し、それぞれに関与することの利害得失を考察する視点である。もう一つは、東シナ海周辺の          を掌握する上で台湾が枢要な地位にあるとの把握である。
<選択肢> 朝鮮、遼東半島、制海権、鉄道網

(3) 田中宏巳「東シナ海と対馬・沖縄」には、            の時代の到来とともに、沖縄・台湾の東アジア世界における重要性が増したと解読できる指摘がある。日本における             、米国における             がほぼ同時期に、そして、清国における             がやや遅れてその重要性に気づいたとする。
<選択肢> 大陸横断鉄道、蒸気船、島津斉彬、副島種臣、マシュー・ペリー、リゼンドル、李鴻章、丁汝昌

(4) (3)の田中論文も、              氏が著した論文「台湾経略再考--台湾割譲要求の思想的背景を中心に」も、日清戦争直前の時期の考察を欠いている。一方、本講義で検討した日清戦争中の複数の台湾占領論の内容と、直隷作戦の展開を精査した学術書、               著『日清戦争の軍事戦略』の記述を照らし合わせると、日清戦時下において台湾占領という政策判断が、スムースに政府・軍・民間の識者間に成立し、共有された様子が窺い知れる。この落差を埋めたのが、1891年に結成された次項(5)で指摘するある地域研究団体の月例集会と機関誌によって実現されたコミュニケーションであったとするのが本講義の立場である。
<選択肢> 戒能善春、田中宏巳、斎藤聖二、安岡昭男

(5) 台湾占領についてのコンセンサス成立の前提には、日清戦争前の数年間、             の果たした役割が大きかった。同協会の会員、             は、1892年2月27日、「東洋の大勢上大島と台湾と孰れが優れる」という講演を行なった。台湾と             を併せ用いると、東洋の海上交通線をコントロールすることが可能であると主張していた。機関誌に掲載されたその講演を、同協会の会員である本講義に登場した人物たち、すなわち、伊藤博文、陸奥宗光、松方正義、川上操六、樺山資紀、井上毅、徳富猪一郎らは目にしていて、地図の上に海上交通路を思い描き、船舶を保護したり戦時に拿捕したりするための枢要な地点を把握
するという共通のイメージを得ていたと推測される。
<選択肢> 東京地学協会、東邦協会、志賀重昂、稲垣満次郎、伊豆大島、奄美大島

(6) 地政学とは、国家戦略にとっての地理的条件を考察する理論体系である。そこでは、不変な地理、変化する技術、偏在する資源という三者の相互関係が考察されることになる。国家は必ず国土をもち、そこへ資源を入手し、産物を輸出するための経路を確保せねばならない。これを交通線と呼ぶ。19世紀において陸上交通線として新たに登場したのは             であり、海上交通においては新たに              が登場したことによって、海上交通線のあり方も大きく変化した。            と真水を供給する拠点を航続距離以内に点在させねばならなくなり、航路はそれら拠点を結ぶものとなった。
<選択肢> 大陸横断鉄道、大圏航路、蒸気船、帆船、石炭、石油

2.「台湾占領の意見書」と「威海衛ヲ衝キ台湾ヲ略スヘキ方略」を対比し、それぞれ一方にしか存在しない論点・主張としてはどのような内容があるのかを指摘せよ。また、この二文書にそのような差異が生じた理由を考察せよ。(前半14点、後半14点)






【正解】
1.
(1)中立国、講和、平時
(2)朝鮮、制海権
(3)蒸気船、 島津斉彬、マシュー・ペリー、李鴻章
(4)戒能善春、斎藤聖二
(5)東邦協会、稲垣満次郎、奄美大島
(6)大陸横断鉄道、蒸気船、石炭

2.
両者ともに、冬季のうちに、清国北洋艦隊が立てこもる威海衛を攻撃し、同艦隊を無力化し、さらに、台湾占領作戦を準備し着手すべきであると主張している点では共通していくる。「台湾占領の意見書」は、台湾の重要性を「国防上」「通商上」「植民上」から説き、戦争における「軍略」だけでなく、平和回復後の「商略」からも指摘している。一方、「威海衛ヲ衝キ台湾ヲ略スヘキ方略」は、山海関から天津付近に上陸し、北京を目指して進軍した場合、清国政府が倒れ、講和の相手が居なくなってしまうと同時に、欧米列強による合同干渉を引き起こす危惧を述べている。

「台湾占領の意見書」の発信人、松方正義は大蔵大臣の経験が長く、薩摩藩士時代から財政経済畑の経歴を積み重ねてきた人物である。そのため、日清戦争の終結や戦後経営を考える場合も、財政政策を経済政策上の観点から考えることになったのであろう。一方、伊藤博文首相は、外交の舵取りの最高責任者であり、戦争の終結に至る道筋を描くことを我がこととして考えねばならない立場にあった。そのため、清国の土崩瓦解や合同干渉への危惧を特に強調することになったのであろう。


rshibasaki at 15:36コメント(0)後期「歴史学」「歴史学供---台湾占領の起源  

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