「英国外交官の見た幕末維新」日本の伝統と文化 2005-2017

2017年06月01日

欠席した日のカードを提出してください。

第2回予習カード(4月20日)
第3回予習カード(4月27日)
第4回予習カード(5月11日)
第5回予習カード(5月18日)
第6回予習カード(5月25日)
第7回予習カード(6月1日)
第8回予習カード(6月8日)
第9回予習カード(6月15日)
第10回予習カード(6月22日)
第11回予習カード(6月29日)

拡張子「.docx」を付けて、ワードファイルとして、右クリック→「名前を付けてリンク先を保存」の操作をしてください。

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2017年05月31日

「日本の伝統と文化」受講生へ

日本の伝統と文化「予備調査研究フォーマット」です。拡張子「.docx」を付けて、ワードファイルとして、右クリック→「名前を付けてリンク先を保存」の操作をしてください。

操作がうまく行かない場合には、紙に印刷して講義中に配った書式を、ワードファイルに手入力して使ってください。


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2009年04月08日

2009年4月8日(水)、4時限。

クラス分け、9名がわたくしの担当するクラスで、このテーマを受講することになった。他の2名の担当者にも、それぞれ8名、10名の受講生がいる。ちょうどよい人数配分である。

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2007年07月19日

2007年7月18日(水)、2時限。

残る4人が発表した。これでこの科目は終了。



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2007年07月11日

2007年7月11日(水)、2時限。

発表本番が始まった。きょう間に合わなかった人は、来週です。


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2007年07月04日

2007年7月4日(水)、2時限。

来週発表する予定の者について、現状報告。アドバイス

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2007年06月28日

2007年6月27日(水)、2時限。

レジュメA4、1枚で、各自の途中経過を報告してもらう。本調査に当たって、テーマの絞り込みを目的とする。

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2007年06月20日

6月20日(水)、2時限。

本日より、教室からセミナー室へ移動。一人一人からどんなテーマで発表を考えているかを聞き取り、それぞれについて調査を展開する方向や可能性をアドバイスした。
来週、テキスト『英国外交官の見た明治維新』に、自分のテーマに関するどのような記述があるのかを総チェックし、その上でどういう本調査に向うかを、途中経過報告してもらうことにした。

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2007年06月13日

6月13日(水)、2時限。

教科書『英国外交官の見た明治維新』をよりよく理解するために調査し、報告する。
予備調査(大学キャンパスや自宅で)と、本調査(出かけて調べる)。
仮テーマから本調査のテーマを絞る。
本調査の後、発表になるように視角やテーマを微調整する。



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2007年06月06日

6月6日(水)、2時限。

1.「華やかなアマ」と「地道なプロ」(4頁終りから2行目)とは、それぞれ、ミットフォードとサトウを指している。「社会的出身や性格の相違」とは具体的にどのようなことなのか、対比的に述べよ。

2.「パークス公使とフランスのレオン・ロッシュ公使の二人の間の支配権争い」(17頁8〜9行目)とは、どのようなことか、簡単に説明せよ。また、どちらが最終的に勝ったのか。最後に、関連する記述のある頁を列挙せよ。

3.第二章「将軍との会見」冒頭(43頁2行目)に、「どちらの側」という表現がある。またこれは、45頁11行目「相反目する二派」と同じ内容であろう。第二章の叙述からわかる範囲で、この両派についてその構成要素(藩や個人名)を整理して表として書き抜け。
     〔大君側〕
     〔幕府に不満を持った大名たち〕

4.第三章「加賀から大坂への冒険旅行」において、「公使が望んでいた情報」(85頁終りから2〜3行目)とはどのようなことか、箇条書きにせよ。また、探索の結果、ミットフォードは、どのような報告を公使に対してしたと考えられるか。

5.本書が、20世紀初頭に書かれたことを推測させる部分を5ヶ所、指摘せよ。また、なぜその部分から、そのように推測することができるのかを説明せよ。


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2007年05月23日

5月23日(水)、2時限。

速いペースで各章を概観。来週の理解度を確認するための試験問題を事前公表した。

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2007年05月16日

5月16日(水)、2時限。

神戸事件について、ミットフォードの証言の独自性を特に説明した。

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2007年05月09日

5月9日(水)、2時限。

それぞれの概略を解説。

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2007年05月02日

5月2日(水)、2時限。

幕末政治の両陣営、慶喜は「陛下」「殿下」か、大坂城の本丸御殿、ミットフォードによる徳川慶喜の人物描写

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2007年04月25日

4月25日(水)、3時限。

来日の印象、英国公使と仏国公使の対立、横浜大火、江戸への公使館移転、門良院にサトウと下宿

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2007年04月19日

4月18日(水)、2時限。

いつもの通りの内容。アーネスト・サトウ、と、ミットフォードの関係。両者の書き残した回顧の関係などを確認。

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2007年04月13日

講談社学術文庫に入っている欧米人の日本旅行記、日本訪問記、印象記を、図書館が学生用図書として購入するよう、電子稟議する。内容を比較検討するなどの発表をする学生が出てきた場合の前提となろう。

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2007年04月11日

第1回、クラス分けを行った。教科書を購入し、来週までに通読してくる範囲を指示した。

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2007年01月18日

日本の伝統と文化 2007年1月17日(水) 2時限

先週発表の準備が間に合わなかった2人が、補講期間のこの日、発表した。これで、後期のこの科目は終了。

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2007年01月10日

日本の伝統と文化 2007年1月10日(水) 2時限

履修生5人のうち、2人が発表した。2人は来週に発表の予定。残り1人は連絡取れず、脱落と思われる。



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2006年12月20日

日本の伝統と文化 2006年12月20日(水) 2時限


途中、欠席がちだった受講者にとっては、この辺からはきつくなる。それでも、発表まではたどりかねばならない。


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2006年12月13日

日本の伝統と文化 2006年12月13日(水) 2時限


12月20日には、参加者各自が、予備調査の結果を発表。
1月10日は、本発表。



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2006年12月09日

日本の伝統と文化 2006年12月6日(水) 2時限

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2006年11月29日

日本の伝統と文化 2006年11月29日(水) 2時限


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2006年11月22日

日本の伝統と文化 2006年11月22日(水) 2時限

備前事件、ないし、神戸事件の叙述を読む。


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2006年11月15日

大政奉還以後、鳥羽伏見の戦いの三日後まで、英国公使館は大坂城玉造門外の御定番屋敷にあった。現在の大阪城公園内である。

西洋暦1867年12月「二十四日、パークス公使が公使館の館員たちと一緒に到着して、我々が用意した大坂城の裏手にある、今にも倒れそうな大きな屋敷に居を構えた」、「サトウと私は、今や前にもまして厳しい監視の下に置かれたので、大名側と連絡をとるのは容易なことではなかった。大君の護衛たちは、かなり厳しい警戒態勢を敷いていたが、我々は彼らの目をごまかして夜中に公使館の堀を乗り越え、外に待つ友人たちに会って、彼らの案内で曲がりくねった道をいずれかの屋敷へ行き、気楽に話し合いをすることができた」(第四章「内戦と備前事件」、98頁)。

1868年1月10日以後、「サトウと私は、薩摩屋敷に内密な訪問を続け、そこで京都から我々と会談するためにやって来た何人かの重要人物に会った。我々の主張したのはいつも同じで、天皇[ミカド]が京都で外国代表団を謁見すること、そして天皇自身が外国関係事務を統括することであった」(同、110〜111頁)。

1月「二十九日の夕方になって、幕府軍が敗退したという知らせが届いた。三十日の午前十一時に幕府から、もはや我々外国人を守ることができないという通告を受けた。幕府の使者は、我々のために川を下る舟を用意すると約束したので、公使館の公文書を荷作りしたり、自分の持ち物をまとめたりする仕事を始めた」、「この一両日の我々の苦労を、今、詳細に述べてみてもたいして面白いとは思われないだろう。それは舟を雇う苦労や、家財道具をできるだけ運び出そうとする労働で、残った物は公使館の建物と一緒に焼けてしまうか略奪されるかのどちらかであった」(112〜113頁)。

御定番屋敷は猫間川に面していたので、そこから舟を出したのだろう。また当時、略奪が発生したこともわかる。

*
英国公使館一行が兵庫に脱出した後の様子を記録した大坂の町人がいた。甲子園大学の中川すがねさんのサイト。
りんごネット表紙>武兵衛さんと歩く大坂>ある日の武兵衛>慶応4年(1868)年正月10日

和暦1月2日=西暦1月26日、幕府軍、大坂を発して京都へ向う
和暦1月3日=西暦1月27日、鳥羽・伏見の戦い
和暦1月6日=西暦1月30日、徳川慶喜が大坂城を脱出
和暦1月7日=西暦1月31日、慶喜追討令発布
和暦1月9日=西暦2月2日、大坂城から一条の煙。英国公使館一同、大坂を脱出し兵庫へ向う。英国公使館のあった玉造御定番屋敷が略奪に遭う
和暦1月10日=西暦2月3日、武兵衛、大坂城や御定番屋敷を見て回る
和暦1月11日=西暦2月4日、備前藩兵、神戸にて諸外国公使らを銃撃(神戸事件)
和暦1月23日=西暦2月16日、アーネスト・サトウ、大坂へ戻り、略奪と火災後の玉造御定番屋敷を見る
和暦2月12日=西暦3月5日、諸外国外交団、神戸より大坂へ戻る

2月16日、アーネスト・サトウは「イギリスの仮公使館の建物はどうなったかと、好奇心にかられながら、こわれた玉造門から外へ出た。公使館の焼け跡にはミットフォードと私の住んでいた家が残っているだけで、その他は一面の焼野原と化し、残った家も野次馬どもにすっかり荒らされて、修繕などは全く思いもよらぬほどになっていた。見るも無惨な光景であった」(一外交官が見た明治維新、下、150頁)

3月5日、「前に住んでいた住宅は焼失してしまったので、私たちは中寺町の寺院に泊まった。そして僥倖にも、私たちの引き払ったあとで暴民に盗まれた家具の若干をそこで見つけることができたのである。町民は私たちを『先日逃げて行った異人さん』と言って見覚えていたが、きわめて丁寧で、前大君が退去した時のような乱暴な罵声を浴びせることはなかった」(同、166〜167頁)


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日本の伝統と文化 2006年11月15日(水) 2時限

章の前半を読んだ。日付の正確さを期すため、アーネスト・サトウの日記を参照しつつ書いた部分と推測される。

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2006年11月08日

日本の伝統と文化 2006年11月8日(水) 2時限

パークス公使は、ミットフォードとサトウに、どのような目的で金沢訪問と、その後の大坂までの内陸旅行を命じたのか。その目的は旅行の結果どのように果されたのか。


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2006年10月25日

日本の伝統と文化 2006年10月25日(水) 2時限

大坂城での会見で、諸外国の公使は、15代将軍徳川慶喜を「陛下」と呼ぶのか、「殿下」と呼ぶのか。
ミカドとタイクーン

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2006年10月18日

日本の伝統と文化 2006年10月18日(水) 2時限

追加履修登録者が先週の2名に加えて、また1名加わる。

初回からの2名はカゼと病院行きで欠席。出席した3名は第2回を聞いていないので、その内容を繰り返す。テキスト全体を理解する上で必要な事項の確認。


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