『日記』

2016年04月04日

明治日本の地政学コミュニティと台湾領有−マハン以前のマハン主義の自生的誕生をめぐって

2016年4月23日(土)
明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー
16:25〜17:05
B会場

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2015年09月01日

『大阪工業大学紀要 60巻1号』に、「憲政資料室所蔵稲垣満次郎書翰(史料翻刻)」を掲載しました。
Firefoxでは正しく表示されません。adobeに読み込んで閲覧してください。

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2015年02月27日

『大阪工業大学紀要』59巻2号に、「有地品之允書翰(史料翻刻)」を掲載しました。

Firefoxでは正しく表示されません。Internet Explorerで閲覧してください。

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2014年09月10日

勤務先の紀要『大阪工業大学紀要』59巻1号(2014年9月1日発行、電子版のみ)に、「肝付兼行書翰(史料翻刻)」を載せました。

Firefoxでは正しく表示されません。Internet Explorerで閲覧してください。

半年ほど前、『大阪工業大学紀要 人文社会篇』58巻2号(2014年2月28日、印刷物の形をした最終号)に、「徳富蘇峰宛稲垣満次郎書翰(史料翻刻)」を載せたのに続くものです。


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2014年06月26日

新潟大学学術リポジトリに収録されている表題の論文が、わたくしの書いたものを先行研究扱いしていることに気づいた。

CiNii Articlesで見つけたのではなく、Googleを丹念に引いていて存在に気づいた。

なかなかいい気づきが複数含まれる論考である。


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2年ほど前までは、戦略研究学会『戦略研究』は、CiNii Articlesの検索対象とはなっていなかった。いま確認すると、検索にヒットするようになっている。国立国会図書館が雑誌記事索引に採録するようになったのだろう。

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2013年09月25日

戦略研究学会『戦略研究 13 特集・東アジア戦略の新視点』(2013年8月刊)に、書評・澤田次郎著『徳富蘇峰とアメリカ』を掲載した。昨年10月末の締切りに投稿したものが、今回書店に並んだ。

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2013年04月06日

【大テーマ:名称】
海上交通線(SLOCs)をめぐる国際関係を背景とした明治日本における海軍・海事世界の政治史
【大テーマ:キーワード】
世界交通、シーレーン、明治日本、政治史
【大テーマ:詳細】
2011年度中に、2005年度以来の個別テーマのうち、(1)明治期山口県における水難救済会の組織形成、(2)国家将来像をめぐる海軍と徳富蘇峰、を論文として公表した。その過程を経て、明治日本の直面した世界規模の海上交通線の変化に対応した国家運営の諸課題の解明という大テーマのうちに位置づけることができるようになった。以下、未発表の個別テーマを別項として示す。

【小テーマ1:名称】
ニカラグア運河と明治日本の対外観
【小テーマ1:キーワード】
中米地峡運河、ニカラグア運河、パナマ運河、海上交通線、南進論、移民、対外論
【小テーマ1:詳細】
1891年1月27日、東京地学協会における米国海軍テイラー大佐(ニカラグア運河会社副社長)の講演により、同計画は日本に知られた。当時の論者は、海上交通線の大変化という新たな状況に反応する者と、反応しない者に分かれた。従来、南進論−北進論、アジア主義−欧米協調、という2つの座標軸で捉えられた明治期の対外論を、世界規模の海上交通路の変化という3番目の座標軸を加えて考察する。

【小テーマ2:名称】
仮装巡洋艦をめぐる言説と運動
【小テーマ2:キーワード】
管船政策、戦時徴用、仮装巡洋艦、造船奨励法、航海奨励法、帝国義勇艦隊
【小テーマ2:詳細】
海軍については、日露戦争時の六六艦隊の建設とその戦術運用など、戦時において戦う組織としての側面が多く取り上げられてきた。しかし、平時・戦時を通じて民間船舶・海外居留民を保護し、海上交通を通じた貿易を促進する組織としての側面には手が付けられてこなかった。戦時に仮に武装して軍艦として用いる高速商船の建造をめぐる言説と、募金によりその実現を目指す運動の歴史を跡づける。民間海事との関連をめぐる言説が海軍にとって社会的支持基盤の涵養策となっていた事情を明らかにする。

【小テーマ3:名称】
日清戦争前における台湾占領論の形成
【小テーマ3:キーワード】
南進論、北進論、チョークポイント、東邦協会
【小テーマ3:詳細】
東シナ海の制海権を把持する上での台湾の重要性は、1850年代、マシュー・ペリーと島津成彬が気付いた。以来、1895年に日本が台湾を占領するまでの大状況については指摘がある。一方、日清戦争中、台湾占領にいたる小状況的決定プロセスについても指摘がある。ここでは両者をつなぐ中状況の考察として、1891年に創刊された東邦協会の機関誌を素材とし、日清戦争直前の3年間の地政学的議論のなかからトップリーダーの間に台湾占領のコンセンサスが形成された過程を跡づける。


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2012年04月05日

国会図書館のデジタル化雑誌のなかを彷徨っていたら、タイトルの雑誌に出会った。帝国海事協会の海事雑報以前の時期のもののようである。関わっている人物も重複している。今後、精査の必要あり。

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2012年03月29日

ブログ「Collections of modern Japanese history」を消してしまったようだ。どうしたのかな

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2012年03月09日

論文
明治期山口県における水難救済会の組織形成」(Implications of Forming Marine Rescue Japan's Yamaguchi-Prefectural Branch in Meiji-Era)

研究ノート
早速丸沈没事件に見る20世紀初頭海事領域の象徴性」(Hayami Maru Sinking Incident's Symbolism of Maritine Affairs in Early 20th Century Japan)

大阪工業大学紀要 人文社会篇56巻2号、2012年2月29日発行

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2011年11月16日

昨日、CiNiiの論文データベースの全文検索が公開された。早速「ニカラグア 運河」で検索すると、つぎの論考の存在を知ることができた。

金澤宏明「中米地峡運河とハワイ---アメリカ海外膨脹のレトリックと実態
太平洋学会誌98号、2009年3月


ニカラグア運河(未着工)とパナマ運河(1914年竣工)の総称が「中米地峡運河」と表現可能なことを知った。

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2011年11月14日

事典という名から、もっと項目数の多い大部な書籍を想像していた。15,750円という価格からも当然と思われる。

この本は、数を絞った項目を、小論文形式で著述し、排列している。「交通線」ないし「海上交通線」という項目を期待したが、それはなく、他の項目のなかに自分の探す情報が実質的に含まれていないかを通覧せねばならない。

そういう意味で、全文を通読することを読者に要求する著作物であった。








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2011年03月08日

紀要につぎの研究ノートを掲載した。

海軍の広報を担当した肝付兼行」(PDFファイル)

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2010年11月11日

紀要に研究ノートを2つ掲載した。図書館の紀要情報のページからたどるか、直接クリックして開いてください。

海軍少将から代議士に転じた井上敏夫」(PDFファイル)
仮装巡洋艦を提唱した寺島成信」(PDFファイル)


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2010年09月06日

2010年9月5日夕、煙霧が明石海峡から神戸へ勤務先8階から望遠で撮影。夕刻になると、明石海峡から神戸市内へ海風が吹き込むのは以前からのことであるが、この夏は、写真の通りにそれが、細かい塵を浮遊させたエアロゾルとなっている。見ていてぞっとする光景である。1710分〜1720分頃がそのタイミング。
今日も同じような光景が目視できた。写真は昨日で神戸市内全域に広まった後の時刻。

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2010年09月01日

2010年9月1日の日没後2010年9月1日の日没後(拡大)

菅原城北大橋(百円橋)、その向こう側に、赤川鉄橋(城東貨物線淀川橋梁)が見える。

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2010年03月31日

東京地学協会の機関誌『地学雑誌』第14輯第166巻・167巻(1902年)に、「近代地理学の父」と現在では呼ばれる山崎直方が、「政治地理に就て」と題する記事を掲載しているのを見つけた。社団法人東京地学協会ホームページのトップから「地学雑誌」という項目に入り、「NEXT」→「CD-ROM復刻版頒布のご案内」→No.2第13巻〜第21巻の「目次」をクリック。1902年というともしかして、ハルフォード・マッキンダーの講演が同時代に日本に紹介されていたのかと期待してしまう。(確認はこれから)。

[2010年4月14日(水)、追記]
山崎直方「政治地理に就て」1902年(明治35年)5月18日東京地学協会総会講演。
「斯く自然地理に於ては自然的現象を研究して居る、所が万国の政治的現象を総括して抽象的に地理学上より説明をして居る学科はあるかと云ふとまださう云ふものは無い、漸く数年前に此事に付て新しい学派が出来たのであります、成ほど地理書を開けて見ますれば各国の政体に付て各々説いて居る所もある、それは其人種の社会的挙動又政治的現象を個々別々に説いてある、併ながら是等人類なるものは地理上ドウ云ふ政治的団体を作ツて居るか、ドウ云ふ人類がドウ云ふ思想に富んで居るか、其間にドウ云ふ関係があるかと云ふことに付て地文学の中から真理を見出してそれを総括した所の抽象的学科は無かツたのでございます、それが漸く近年出て来たのであります」。
ウィキペディアには、山崎は「1898年から1901 年までドイツ・オーストリアへ地理学研究のため留学。地理学者のJ・J・ラインやペンクに指導を受ける」とある。マッキンダーとはすれ違っているようです。

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2010年03月29日

2010年3月17日(水)、記録管理学会第131回例会。

財団法人三菱経済研究所付属三菱史料館の見学会であった。記録管理学会の性格は、アーキビスト・ライブラリアン・ドキュメンテーターなどの職種の方々の集まりであるが、創立当時からの会員ということで、末席に混ぜていただいた。

1874年(明治7年)の台湾出兵のとき、三菱の各支店と本社の往復文書がきれいに残っている。経営史というよりも、軍事史が対象とする課題の史料であり、ここにこれがあることはまだ余り知られていないのだろう。戦時における民間船徴用、海外へのパワープロジェクションの制度史などという領域と思われる。

また、三菱系のどこの企業の戦後史料だろうか、「日本水難救済会....」とタイトルに記されている箱があった。忘れないように記しておく。

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2010年03月27日

26日(金)は、宮城県図書館に赴き、『兵事』のバックナンバーを通覧した。肝付兼行「西比利亜鉄道に対する日本の開港場を論ず」がここにも転載されていた。非常に酸化が進んでもろくなっている。ゼロックスコピーは遠慮して、メモをとるだけに止めた。

46号(明治24年10月10日)より『兵事新報』を『兵事』と改題したが、そのつぎの47号(明治24年10月24日)から、表紙につぎの文言が記されることになる。この雑誌の立ち位置を示すものと言える。
「●兵事は陸海軍人の磁針器なり」
「●兵事は忠君愛国者の大学校なり」
「●兵事は内外兵勢の写真鏡なり」
「●兵事は無気力者輩の感化院なり」
これは軍事教育という概念で呼ぶべき分野なのだろう。社会教育の一部、軍の広報活動とも言えるし、在郷軍人会の前史ともとらえることができる。

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2010年03月25日

福島に来て、通覧した。分量は多くない。そのなかで中塚明さんが指摘した参謀本部内での1894年8月の議論を示す記述が残ったのは、僥倖といえそう(中塚明『歴史の偽造をただす:戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」』高文研、1997年、166〜168頁に引用されている記述)。

当時のメディアの動向=報道の流れと、参謀本部内での検討との相互関係を想定してみるとなにか見えてくるかも知れない。台湾占領論を唱えたグループが世論喚起のためにメディアに台湾占領をリークしたなどという可能性を想定している。

*

[2010年3月30日(火)追記]
『軍事史学』45-4(180)が届いた。長谷川怜「福島県立図書館佐藤文庫」(軍事史関係史料館探訪54)が掲載されている。





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2010年03月12日

3月6日(土)、7日(日)に、同志社大学今出川校地で開催された、大学コンソーシアム京都主催 2009年度第15回FDフォーラム「学生の学びを支える--つなぐFDの展開」を2日にわたり聴講した。

5年前は個々のテーマ、例えば、初年次教育、FD、キャリア教育、一般教育などを個別に取り上げる段階だったが、今回は、それらが融合し一体化したものとして、個々の大学での具体的な状況に応じて展開させねばならないものとして認識され、プログラムが組まれていた。

それゆえ、一般教育系の工学部「共通科目」と知的財産学部「基礎科目」を担当している立場でも、どの部会に出席してもその内容を自分の職責と関連づけて受容できることになる。

この5年の大学教育をめぐる状況変化が反映している。

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2009年10月14日

昼前になると、わんどの向こう側の淀川の中州から、炊事の煙が立ち上る。
20091014淀川中州から炊事の煙

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2009年10月04日

国立国会図書館憲政資料室「品川弥二郎関係文書」に1通のみ書翰が残る米田勝松について人物情報を確認したく、姫路市に往復した。碑文を撮影した後、文献史料がないかと姫路市立図書館にも赴いた。その場では不明なので、リファレンスの係の方にリファレンスの申請をし、なにか判ったら後日教えていただけるように頼んで帰って来た。

青山製紙組合顕彰碑-1
旧山陽道を歩く」のページにこの碑の位置を示す地図が載っている。
ブログ「興浜(おきのはま)で候」の「姫路市 青山地区へ」というエントリーには、「明治17年に青山村の山口重太郎が大阪から紙の製法を伝えた。その後このあたりで和紙の製造が盛んになり、製紙の創始者で組合の人々の世話をして功のあった米田勝松をたたえた石碑」と説明がある。
碑文は、品川弥二郎が揮毫した文字をそのまま石碑に刻んでいるようである。「念仏庵にてやじ」との署名がある。下に解読を試みる。
青山製紙組合顕彰碑の碑文
青山製紙組合顕彰碑の碑文-2
青山製紙組合顕彰碑の碑文-3











◇和歌の部分の読み
いたつきを積める功は
此の紙の雪の表に顕れにけり

◇変体仮名を元の漢字で表記してみると...
以多都幾遠「積」免流「功」盤
「此紙」延「雪」乃「表」仁「顕」禮尔計理

◇添え書きの部分...解読できない箇所が残る
  明治三十三年二月三日米田さんえ
  被受て遣文留 念仏庵にてやじ
  ~~~~~~~
 (↑下線部解読出来ず)


[2009年10月7日追記]
コメント欄で教えていただいた『兵庫県物産調査書』を、国会図書館の近代デジタルライブラリーで見ることがでる。明治33年7月に兵庫県が刊行した冊子で、105106頁(56〜57コマ)に関連記述がある。

[2009年11月25日追記]
10月9日付で姫路市立城内図書館から頂戴した回答には「『兵庫県飾磨郡誌』に8行程度の記載があり、少し詳しく没年享年等も書かれています。文化財見学シリーズの記載は『飾磨郡誌』によったものと考えられます」とあります。『兵庫県飾磨郡誌』(飾磨郡教育会、1927年)には、つぎのように書かれています。
---
米田勝松は余部村青山の人にして今より三十余年前同村に於て製紙業を創め村内之を学びて製造家多く起り遂に青山の紙と言はるゝに至れり。明治三十三年二月三日。子爵品川弥二郎氏より「米田さんに贈る」とて
  いたつきを積める功は此の紙の雪の表に顕れにけり
といふ和歌を詠み其の功績を称へたり。此に於て有志集まり子爵の詠歌を刻みたる壮大なる顕徳碑を建て其徳に報ひたり。大正四年十一月二十七日行年六十九歳。
---


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2009年08月24日

辛夷清肺湯2袋と六味丸1袋を、1日3回服用してちょうどよい。その上に、イチョウ葉エキスと冠元顆粒。これで、大気汚染が引き金を引き、肺経を痛めて虚熱が生じ、その結果、突発的に高くなっている血圧に対応している。思い切り多めに辛夷清肺湯を服用することに気づくまでに、いろいろと回り道をしてしまった。

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2009年08月23日

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「利用者:柴崎力栄」のページに、昨日、つぎのような文言を書き込んだ。

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==雑感==

===サイバースペース地政学の新たな一章===

かつてのパソコン通信の存立を支えていたものは、当時のネット上における場の希少性だった。希少性のある場をめぐる争いが起こり、その場の秩序維持をめぐって権力関係が発生した。インターネットの出現により、当該場の希少性が消失し、パソコン通信の時代は終わった。

フリー百科事典という仕組みは、サーチエンジンの上位を確保することと、自動転載により書き込まれた情報の伝播を保証するシステムを通じて、パソコン通信がかつて占めた地位に相似した空間的優位をネット上に獲得することに成功している。この優位性が消える時、ウィキペディアの時代も終わるのであろう。

どうやらサイバースペース地政学の新たな一章を見ているようである。(2009年8月22日夕刻記)
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2009年08月22日

午後3時半頃、梅田、大阪駅北口のヨドバシカメラ前に、自由民主党の選挙カーが止まり、その上で麻生太郎総理が演説していた。そのため、市バス34系統の守口車庫行が渋滞に巻き込まれてしまった。

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2009年07月06日

遅れていた「肝付兼行」の項を書き上げて、大阪中央郵便局から速達で投函した。

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2009年06月29日

『近現代日本人物史料情報辞典 4』のため、「寺島成信」「井上敏夫」の原稿を書き上げた。明日、「肝付兼行」を書いてから提出する。

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2009年06月23日

昨日、国会図書館に行くため、東京へ日帰りした。東京駅から永田町まで歩いたが、遠方のビルが黄砂か煙霧に霞み、大気が皮膚にまとわりつくように感じた。大阪でふだん経験するのと同じレベルの中国大陸から流れてくる大気汚染。これでは、東京でも呼吸器や皮膚の弱い人には症状がでるだろう。咽喉から気管支が痛くなった。

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