【研究史・先行研究】

2014年06月26日

新潟大学学術リポジトリに収録されている表題の論文が、わたくしの書いたものを先行研究扱いしていることに気づいた。

CiNii Articlesで見つけたのではなく、Googleを丹念に引いていて存在に気づいた。

なかなかいい気づきが複数含まれる論考である。


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2008年06月05日

「余は最後に明言す。二十世紀に於て我帝国は如何なる事情あるもアングロサツクソン人種を敵とすべきに非ず。何となれば、其長所を同じくする者を敵とするは国の利益にあらざればなり」

by 肝付兼行(海軍中将、水路部長)
1900年(明治33)年1月4日読売新聞「二十世紀の軍事(承前)(肝付兼行氏談)」末尾


上記の肝付の談話記事は、研究上、別々の問題領域に属するつぎの二つの論考に関連する可能性がある。

(1) 北岡伸一「海洋国家日本の戦略---福沢諭吉から吉田茂まで」(防衛研究所戦争史研究国際フォーラム第2回(平成15年度)「日米戦略思想の系譜」基調講演)

(2) 高橋文雄「『明治三十三年艦団部将校作業書』と日露戦争---マハン流地政学的戦略眼の影響を中心にして」(軍事史学40-2・3合併号『日露戦争(一)国際的文脈』、2004年12月)。

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2008年05月21日

工学部共通科目「歴史学」「歴史学」を担当して頂いている松村寛之さんの新しい論考「イデーとしての日本---萩原朔太郎と近代」が、本日届いた『日本史研究』549号(2008年5月)に掲載されている。

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2008年05月07日

中塚明著『歴史の偽造をただす―戦史から消された日本軍の「朝鮮王宮占領」
高文研、1997年刊

福島県立図書館の佐藤文庫のなかに残る『明治廿七八年日清戦史』の草稿を読み込んで公刊された同戦史との内容の差を考察した著作である。

166〜168ページで、草案中「第七十二章 南方作戦に関する大本営の決心及びその兵力」を紹介する。将来の対英戦争を念頭に置き、そのための準備として台湾占領を日清戦争中に実行する発想が大本営にはあったという。

この認識は、1894年後半『国民新聞』の社説欄に見られる論調と酷似する。川上操六参謀次長から、徳富蘇峰はブリーフィングを受け、自社の言説について自信を深めていたという解釈が可能である。

参考: 2005年12月25日のエントリー「徳富蘇峰における便宜主義と原理主義

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2008年03月05日

皓星社の「明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引データベース」を用いて、寺島成信が執筆した雑誌論文をリスト化していた。

1935年、1936年に、航空省設置問題について発言している。記事の内容はまだ確認していないが、明治の若き日に『兵商論』以降、戦時に仮装巡洋艦として用いる高速商船の建造を主張した寺島が、晩年に、航空に関する民間と軍用の境界領域についてどのような言説を示していたのかに興味を感じる。

海洋、航空、宇宙と、軍の行動範囲が新たな領域に拡張する時、民間のそうした領域への活動範囲の展開も同時に生じる。フロンティアにおける軍民関係には、それぞれの時代と領域に共通なものと、違うものとがあるのだろう。



トラックバック先: 奥山真司さんのブログ「地政学を英国で学ぶ」のうち、エントリー「スペースパワーとマハンの理論

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2008年01月05日

抜き刷りを頂戴した。

伏見岳人「国家財政統合者としての内閣総理大臣---第1次内閣期の桂太郎(明治34〜39年)」、国家学会雑誌120巻11・12号

この枠組みで第2次桂太郎内閣を分析するとどういうことになるのか。


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2007年12月31日

兵頭二十八さんの新刊を29日(土)、梅田の紀伊国屋で購入した。著者のブログによると、本来は、『兒玉源太郎は正しかったか---奇襲開戦主義と半島防衛』というタイトルにしたかったという。研究書の形式をとっていない著作であるが、内容は濃い。じっくりと読んでみることとする。












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2007年12月26日

『日本歴史』2008年1月号(716号)に掲載されている表題の論文を読んだ。藤野真挙(ふじのなおたか)さんは、日本史研究会の名簿によると「近代教育行政史」専攻と記されている。日本史のひとなのか、教育史のひとなのか確認できていない。論文の手法は、政治史のそれである。昨日書いた熊谷光久「陸主海従思想への海軍の対抗」と、分析対象の官衙は異なるが、1890年前後=明治20年代初頭における藩閥からの各官庁の相対的自立性の獲得過程を扱った論考としては共通性がある。

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2007年12月25日

『政治経済史学』494(2007年10月)、495(同年11月)、496(同12月)が届いた。495号に、熊谷光久さんの論考が載っている。明治23年から24年における海軍の広報活動を考える上で、前提となる状況の考察である。広報政策上、海軍編修書記という職をこの時期どのように運用していたかも確認する必要がある。寺島成信以外にどのようなひとが採用されていたのか。

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2007年10月27日

CiNiiで論文検索していて、小林瑞穂さんのつぎの二つの論考に出会った。
(1) 「日本海軍水路部による国際水路会議参加と国際水路局への加盟---1919年〜1940年を中心に」(明治大学文学研究論集24、2006年2月)
(2) 「海軍水路部による『水路要報』創刊とその役割---水路部と民間航海者の関係」(駿大史学130、2007年3月)

後者には、海軍予備員制度への言及があり、先行研究として、森下隆「日本海軍予備員制度史(1)」(東京商船大学研究報告(人文科学)48、1998年1月)が挙げられている。

明治期には、海権論というかたちで国内世論の支持を得る基盤となった海軍にとっての民間船の世界との関係が、第一次大戦以後には海軍にとってどのようなものだったのかという問題に関連する論考である。

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2007年05月03日

内海孝さんの論考「日露戦後の港湾問題---『港湾政策』の成立過程」(社会経済史学47-6、1982年)を読む。ネット経由で本文も見ることができる。

註に「(14) 『港湾調査会議事速記録』第1号、1907年、5頁(運輸省所蔵文書、以下『速記録』と略記)。」と記されている。この論文が書かれた当時、運輸省に『港湾調査会議事速記録』が残っていたことがわかる。

国立公文書館の電子目録を引いても出て来ない。捜し方が悪いためだろうか。国立公文書館に移管されず、国土交通省に残っている可能性も考えてみなくてはならないだろう。

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2007年03月05日

このテーマに関連する研究のリストを徐々に書いてみよう。

1. 免許銃・所持銃・拝借銃ノート---明治初年の鉄砲改めと国産「ライフル」
保谷徹
(松尾正人編『近代日本の形成と地域社会---多摩の政治と文化』、岩田書院、2006年5月)

2. 近世農村社会と武具をめぐる覚書
吉村豊雄
(頼祺一先生退官記念論集刊行会編『近世近代の地域社会と文化』、清水堂出版、2004年3月)



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2007年02月25日

研究ノート
政党内閣期(1924年〜1932年)の予算統制構想、若月剛史、史学雑誌115-10、2006年


上記論考の視角「予算統制」をもう少し前の時代に適用して見ると、拙稿「明治41年1月の政変について」(日本歴史380、1980年1月)で扱った事例も、桂園体制期における予算統制の実例として再把握できることに気づく。書いていた頃は、習作としての意識しかなかったが、あとから見直すと別の姿に見える。

松下孝昭『近代日本の鉄道政策 1890〜1922年』(2004年、日本経済評論社)は、拙稿が扱った鉄道予算問題での逓相・蔵相辞任問題を、鉄道史の側で発展させたものである。

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昨日届いた日本歴史に載っていた論文と、その著者の以前からの研究。

中野良(なかのりょう)
1. 軍事演習の政治的側面、日本歴史706、2007年3月
2. 大正期日本陸軍の軍事演習---地域社会との関係を中心に、史学雑誌114-4、2005年4月
3. 陸軍特別大演習と地域社会---大正十四年、宮城県下を事例として、地方史研究296(52-2)、2002年4月
(口頭発表)
1. 1920年代の陸軍と民衆---軍事演習における賠償問題を中心に、日本史研究529、2006年9月(日本史研究会大会予稿)
   ↓
 1920年代の陸軍と民衆---軍事演習における賠償問題を中心に、日本史研究535、2007年3月


昔々、「関東地方における明治天皇親率演習---1881年の厚木行幸を中心に」(年報近代日本研究12、1990年12月)を書いたことがあり、気になった。関連研究として。
1. 鈴木しづ子『明治天皇行幸と地方政治』(2002年、日本経済評論社)
2. 斎藤聖二『日清戦争の軍事戦略』(2003年、芙蓉書房出版)

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2007年01月09日

かつて、「徳富蘇峰と京城日報」(日本歴史425号、1983年10月)を書いたことがあった。最近、京城日報についての新しい研究を目にするようになった。備忘のため、以下の通り書き抜く。

朴仁植
「朝鮮植民地統治の変容と展開()---総督府の言論政策を中心に」(政治経済史学452、2004年4月)
「朝鮮植民地統治の変容と展開()---総督府の言論政策を中心に」(政治経済史学453、2004年5月)
「朝鮮植民地統治の変容と展開()---総督府の言論政策を中心に」(政治経済史学454、2004年6月)

李錬
「朝鮮総督府の機関紙『京城日報』の創刊背景とその役割について」(メディア史研究21、2006年12月)

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2006年08月05日

井上敏夫について論及している先行研究はないかと探してみると、土田宏成(神田外国語大学教員紹介ReaD研究者DDB)さんが書いたつぎのものが見つかった。

土田宏成「戦前期陸海軍出身議員に関する予備的考察」(史学雑誌109-3、2000年3月)

"本稿では何よりも第一に、戦前期全般にわたって陸海軍出身者が貴衆両院に何名進出していたのかということを明らかにしたい"という目的から作成した「表1:陸海軍出身衆議院議員一覧」の上から5人目に、井上敏夫の名前が見える。

なお、土田さんは、現在書店に並んでいる『日本歴史』699号(2006年8月、吉川弘文館)の歴史手帳欄に「第一五回総選挙における軍人の立候補」を載せている。前稿の続編に当たる。

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