<世界交通線>

2013年04月13日

メキシコのテワンテペク地峡という地名を地図で確認。米国の東部と西部の連絡路としての性格もあったという。榎本武揚が第一次松方内閣の外務大臣の時に送った植民団の入植地は、この地峡の太平洋側のやや南に離れた所であることも確認した。

アメリカ合衆国から見たら、挑発されたと思うかも知れない地理的な位置になる。1890年代にアメリカ合衆国が朝鮮半島南岸や遼東半島に手を出したら、当時の日本人がどう思うかと似ている。



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2012年04月06日

今年度の前期、工学部の歴史学気蓮⊂綉テーマの講義を行なう。

世界交通路を大きく変化させる中米運河のうち、ニカラグアに運河を建設するという米国の試みが続いたのが1891年〜1902年だった。前半ではこの動きに反応した日本の人物と組織を取り上げる。いまの時代、北極海航路が気候変動の結果可能となり、世界規模の海上交通路が変化する可能性が語られている。それに比する120年余前の事例である。

後半では、戦時に仮に武装させて軍艦として用いる民間商船を予め建造する試みについての言論と運動を扱う。陸→海→空→宇宙→サイバースペースと、商用・軍用の活動領域が拡張する長期トレンドのなかで、海がフロンティアであった時代における、その海での軍民関係を取り上げる。現在、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が置かれている位置を連想させる事例である。



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2011年12月20日

帝国時代の関連する諸歴史。という副題の付く会議が、ハイデンベルク大学であるみたい。事後でいいから、会議報告書を見てみたい。



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2011年11月20日

書評
前田亮介
「三谷太一郎著『ウォール・ストリートと極東--政治における国際金融資本』」
史学雑誌120-9、2011年9月

三谷太一郎著『ウォール・ストリートと極東--政治における国際金融資本』
東京大学出版会、2009年12月

三谷太一郎著を通読し始めた。勝海舟について捉えている21〜22ページに、思わず身震いする。明治に入ってから、海軍と海事、貿易立国について勝がどのような言説を行なっているのかを確認する必要がある。

あと、添田寿一も『軍備論集』に、雑誌『富国』1号(1890年1月1日)掲載「帝国海軍振起論」が収録されている。添田も、系統的に追跡する必要がありそうだ。







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2011年11月16日

昨日、CiNiiの論文データベースの全文検索が公開された。早速「ニカラグア 運河」で検索すると、つぎの論考の存在を知ることができた。

金澤宏明「中米地峡運河とハワイ---アメリカ海外膨脹のレトリックと実態
太平洋学会誌98号、2009年3月


ニカラグア運河(未着工)とパナマ運河(1914年竣工)の総称が「中米地峡運河」と表現可能なことを知った。

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2011年11月14日

事典という名から、もっと項目数の多い大部な書籍を想像していた。15,750円という価格からも当然と思われる。

この本は、数を絞った項目を、小論文形式で著述し、排列している。「交通線」ないし「海上交通線」という項目を期待したが、それはなく、他の項目のなかに自分の探す情報が実質的に含まれていないかを通覧せねばならない。

そういう意味で、全文を通読することを読者に要求する著作物であった。








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2010年07月05日

明治24年4月11日
有地海軍中将
海防意見書

 つつしんで思うに、陸海の軍備は内外の平和を保全するために歳を積んで[多年度計画で]完成を期さないわけには行かないとは、かたじけなくも天皇陛下のお言葉の通りである。我が海軍大臣閣下も既に海軍の拡張を計画せられ、先に議会においてこの6〜7年間に12万トンの軍艦を保有したいと明言なさったので、着々その方針に従って進むべきであることは疑いを入れない所である。然るに、財政上の可能・不可能はこれについて直接の関係を有するものなので、専ら軍機[軍事政策の中心]に参加する当局者の拡張策もおのずから財政問題のために牽制され、往々その目的を果すことができない。その立案を空しく書類箱の底に埋蔵させるのは実に残念である。そもそも海軍の強弱は大いに国権の消長に関係するものであるから、その主義を決定し、その標準を確立し、その程度に達するまで断固として長足の進歩を遂げないわけには行かない。いまや国勢を観察するに、海軍を振起して海防を整頓することは立国上猶予することのできない時である。またここに輿論[ヨロン]の傾向を聞くに、海軍の拡張を論ずるも、財政の点からその完成を数十年の後に期し、甚だしき場合には海軍の拡張は費用の莫大であることを空想し、その利害の帰するところも研究せず、徒に傍観する者がいる。そうであるならば、海軍当局者の外に、この6〜7年間に我が国の東洋における海上の威力を壮大ならしめる方策を説く者がないことは明らかである。こうした事情を踏まえ、本官[海軍参謀部長]は今日の形勢において我が海軍が、まず守勢上、即ち国防上必要とする勢力を得ることを熱望し、我が国の位置と形勢とを考え、その国防艦隊を編制すべき軍略上の要点と、作戦上の計画とを案じ、この6〜7年間に新造すべき艦種の選択、およびその費用の支出に関する意見をつぎに略述して、天皇陛下のお言葉と大臣閣下の意向に応えようと考える。
 そもそも守勢上、即ち国防上について海軍の主義、程度を確定するには、敵の我に対する攻勢方略[戦略・戦術]を専ら講究しないわけには行かない。いま我が海軍の勢力が敵より極めて薄弱であるとするならば、彼はすなわち我が沿岸または島嶼における無防備の港湾を占領して、その根拠地を定め、然る後、大いに我を攻撃すべき方略を採るであろう。もし我が海軍が彼に比べて充分な勢力を有するとすれば、彼は直接我が地に攻撃の勢力を集中することができず、まず我が海軍を撃破して、我を恐れ従わせる方略をとるであろう。その際、敵の海軍が我が海軍を撃破する目的[目標]が二つある。即ち、軍港および艦隊である。因って我が軍港はたとえ艦隊の応援を得られなくとも、常に敵が容易に攻撃できない防禦を備えなければないないのは勿論であるが、我が艦隊は作戦上、敵の艦隊よりも強大でなければ我に勝算がないものである。故に、我においても、国防の本体なる強大な艦隊を備えないわけには行かない。そしてこの艦隊に要すべき艦種と艦数については、我が国の位置と政治戦略上の関係を有する諸外国の海軍の勢力とに依ってこれを定める必要がある。そしてそもそも我が地に迫り我が艦隊を撃破しようとすれば、必ず彼は我に勝る勢力がないわけには行かないのであるけれども、あの欧州強国の国防に充てるいわゆる戦闘艦[戦艦]と称するものなどは、到底我が近海に軍需の供給点[根拠地]がない以上は、決して派遣することができないであろう。故に、今日我が国防上に強大な艦隊を有して、彼が我に加えようとする勢力を減殺することに務めないわけには行かない。因って速やかに意を決し、一万トンないし一万二千トンの戦闘艦6隻、即ち敵の巡洋艦18隻に匹敵すべきものを備え、軍事戦略上、わが要点[戦略拠点]にこれを浮かべることを緊急のこととする。更にこれを詳説すれば、現在スエズ運河の深さは28フィートであって、実際喫水25フィートまでの軍艦でなければ通航し難いが故に、欧州から我が勢力に超過する戦闘艦[軍艦]を派遣しようとすれば、必ずや喜望峰の遠路を回航する外ない。そしてこのような迂遠の航路を採ることは決してできることではない。今や英仏露伊西の5ヶ国の著名な戦闘艦の炭量を平均するに、一艦に付き877トン余りである。戦時中全速力で一昼夜の消費量を計算すれば、およそ302.4トン余りである。そうであるならば、その全量はわずかに2日半余りを継続できる計算ではあるが、もしこれを経済速力で消費すれば、およそ一昼夜172.8トンで、5日間を継続することができる。先年仏国の大演習において一等艦の積炭量は5日間を継続したという。この頃、我が海軍顧問イングス氏[英国海軍軍人]の言に依っても、戦闘艦の積炭量はその実、辛うじて3日間を支えることができるということである。故に、右全経[?意味不明、「前掲」カ]二種の速力を平均すれば、4日毎にその積入れをしないわけには行かない。この事情に由って、1万トンの軍艦1隻において1日石炭およそ2百トンを消費するであろう。仮に4隻を派遣するものとすれば、およそ1週間5千6百トンを必要とする。東洋諸国の上海、香港における石炭の多量は日本が輸出したものであり、いまこれを外国炭と比較すると9倍ないし7倍である。故にその輸出を絶てばこの需要炭量はほとんど供給の途がないであろうし、ましてや我が近海においては尚更である。このような事情であるが故に、我を攻撃する敵国は平時如何なる盛大な海軍の勢力を有するも、到底戦時緊急の場合に及んで強大な戦闘艦を派遣してその勢力を逞しくすることができない。由って彼はやむをえず巡洋艦で編制した艦隊を遠く派遣するにいたるであろう。然るに、強大な艦隊の編制法は戦闘艦を本体として、これに巡洋艦を付属させて交戦させるものであるので、我が海軍は新たに戦闘艦6隻を造り、これに加えるに既成既画の軍艦を以ってして艦隊を編制すれば、我が沿海軍を要撃、若しくは封鎖し得ること実に容易であろう。そうであるならば、その戦闘艦6隻で計6万トンないし7万2千トンを増加すれば、実に我が国防の実を挙げるものであって、すなわち、海軍の勢力を強大ならしめ、その結果、東洋の海上権を掌握することができることになると考える。
 しかしながら、ここに最も苦慮すべきことは製造費の点である。いま1隻を6百万円ないし7百万円と見積もれば、6隻で3千6百万円ないし4千2百万円を必要とする。然るに今日の我が国力はこのような巨大な金額を支出することができるか否を考えるに、我が国は欧州各国のように国債を募集することを必要としない。また妄りに他の財源を求めることも必要としない。既に本年議会において議決の上、節減した政費[政府支出]650余万円は実に適当な財源であろうことを信じる。思うに、議会がこの節減を議決した所以は、民力休養の目的を達しようとするのに外ならないことは、あの地租条例改正案が衆議院を通過したことによっても知ることができるのであって、その目的は誠に美しいものではあるけれども、しかしながら、地租[土地に掛かる税金]を軽減して民力を休養することができるのはどの程度であろうか。目前の小さな利益を見て、国家の大計を顧みないものと言わないわけには行かない。我が国の現況を一顧すれば、条約の改正はいまだ成立せず、通商の権利もいまだ発達しない。どうしてこのような状況で東洋一の帝国の名声を高めることかできようか。よって25年度より向こう5カ年間、すなわち29年度まで地租の軽減をゆるさず、これに代えて海軍の拡張を実行することになれば、6隻の戦闘艦を海上に雄飛させて、国家の防備とすることにすべきである。そしてその戦闘艦の寿命は少なくとも20年と予定し、その製造に5年を費やすとすれば、その間、外敵に対する抑止力となる。我が国4千万の人民は既に立憲政治の下にある。また地勢を観察すれば実に1万5千2百里の海岸があって、良港、要湾はなはだ多く、かつ石炭の産出に富み、おのずから世界の一大商業区である。いまや既にニカラグワあるいはパナマ運河の開通に着手した。その竣工を見るに及んでは、我が日本は交通上、現時のような絶東国ではなくて、東洋貿易の中心を占め、その幹線ルートに当り、大いに貿易の発達すべきことは実に明白である。そうであるならば、その影響の及ぶところは遠大であって、そのため、東洋の局面は一変し、外国の交渉は益々頻繁を来すことになるであろう。そしてその時は、我が国の最も多く望みを属[ショク]する時であって、また最も多く患いを生ずべき時である。その時にいたって始めて海軍を拡張する必要を感じるようなこととなれば、臍を噛むも及ぶことのないことになる。そもそも戦時に備える者は、今日において予め計画する所がなくて良いのであろうか。論語に「天の未だ陰雨せざるに及び牖戸[ユウコ、窓と戸]を綢繆[チュウビョウ、囲みふさぐ]す」という言葉がある。
 以上陳述したところの計画を実行するにいたれば、条約改正の完成を見ることは勿論、平時は貿易の安全を保護して、東洋の商権を握ることができ、戦時は強敵を海上に迎撃封鎖するなどの運動をすることは自在であることが可能となる。このようにして始めて、日東一帝国の真面目を発揚し、併せて民力休養の実利を享有させることになるであろう。願わくば、この計画を称賛して、直にこれを実行することを。なお詳細の造船計画等はその主務者に調査させていただきたい。

    明治24年4月11日



(伊藤博文編『秘書類纂 兵政関係資料』、1935年刊より現代語訳)
奥山真司さんのブログ「地政学を英国で学ぶ」のつぎのエントリーへの実質的なトラックバック。





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2010年03月31日

東京地学協会の機関誌『地学雑誌』第14輯第166巻・167巻(1902年)に、「近代地理学の父」と現在では呼ばれる山崎直方が、「政治地理に就て」と題する記事を掲載しているのを見つけた。社団法人東京地学協会ホームページのトップから「地学雑誌」という項目に入り、「NEXT」→「CD-ROM復刻版頒布のご案内」→No.2第13巻〜第21巻の「目次」をクリック。1902年というともしかして、ハルフォード・マッキンダーの講演が同時代に日本に紹介されていたのかと期待してしまう。(確認はこれから)。

[2010年4月14日(水)、追記]
山崎直方「政治地理に就て」1902年(明治35年)5月18日東京地学協会総会講演。
「斯く自然地理に於ては自然的現象を研究して居る、所が万国の政治的現象を総括して抽象的に地理学上より説明をして居る学科はあるかと云ふとまださう云ふものは無い、漸く数年前に此事に付て新しい学派が出来たのであります、成ほど地理書を開けて見ますれば各国の政体に付て各々説いて居る所もある、それは其人種の社会的挙動又政治的現象を個々別々に説いてある、併ながら是等人類なるものは地理上ドウ云ふ政治的団体を作ツて居るか、ドウ云ふ人類がドウ云ふ思想に富んで居るか、其間にドウ云ふ関係があるかと云ふことに付て地文学の中から真理を見出してそれを総括した所の抽象的学科は無かツたのでございます、それが漸く近年出て来たのであります」。
ウィキペディアには、山崎は「1898年から1901 年までドイツ・オーストリアへ地理学研究のため留学。地理学者のJ・J・ラインやペンクに指導を受ける」とある。マッキンダーとはすれ違っているようです。

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2010年03月27日

26日(金)は、宮城県図書館に赴き、『兵事』のバックナンバーを通覧した。肝付兼行「西比利亜鉄道に対する日本の開港場を論ず」がここにも転載されていた。非常に酸化が進んでもろくなっている。ゼロックスコピーは遠慮して、メモをとるだけに止めた。

46号(明治24年10月10日)より『兵事新報』を『兵事』と改題したが、そのつぎの47号(明治24年10月24日)から、表紙につぎの文言が記されることになる。この雑誌の立ち位置を示すものと言える。
「●兵事は陸海軍人の磁針器なり」
「●兵事は忠君愛国者の大学校なり」
「●兵事は内外兵勢の写真鏡なり」
「●兵事は無気力者輩の感化院なり」
これは軍事教育という概念で呼ぶべき分野なのだろう。社会教育の一部、軍の広報活動とも言えるし、在郷軍人会の前史ともとらえることができる。

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2007年12月31日

兵頭二十八さんの新刊を29日(土)、梅田の紀伊国屋で購入した。著者のブログによると、本来は、『兒玉源太郎は正しかったか---奇襲開戦主義と半島防衛』というタイトルにしたかったという。研究書の形式をとっていない著作であるが、内容は濃い。じっくりと読んでみることとする。












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2007年12月28日

ふと、表題のような疑問がわく。日清戦争前後の海権論には、必ず、シベリア鉄道の開通とパナマ運河の開通が日本にもたらす地勢上の変化についての言説が含まれる。

もっと古くは、1879年刊『民情一新』第3章で、福沢諭吉はユーラシア大陸横断鉄道の開通が英露、英独の力関係に変動をもたらすだろうという見通しを記している。(国名を名指ししてはいないが)

近代デジタルライブラリーで明治時代の出版物がウエッブ閲覧可能となった。シベリア鉄道の建設、開通、存在についてどのようなイメージの世界が存在したのか。それを確認するため、カテゴリー<シベリア鉄道>を設けた。






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