海上権力

2009年03月08日

1923年4〜5月に海軍経理学校で寺島成信(日本郵船参事)が行った「海運政策」についての講義を、全文翻刻し、勤務先の紀要に掲載した。ネット経由で閲覧できる。

大阪工業大学図書館の「紀要情報」ページにアクセクし、「人文社会編53巻2号(2009.2.28発行)」をクリックするとその号の目次に入る。「《学術調査報告》寺島成信「海運政策」講義----柴崎力栄」というリンクをクリックすると、PDFファイル49ページ分の内容が表示される。回線速度が遅い場合、時間が掛かるので注意してください。


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2007年09月02日

『海軍振興論』(1890年11月)、『兵商論』(1891年7月)の著者が、寺島成信であることを発見。肝付兼行を含む何人かの海軍軍人の共同執筆かも知れないと漠然と思っていた。慶應義塾を卒業して海軍に文官として入って数年の若者が著者だったとは驚きだった。

寺島成信は1869年生まれだから、1863年生まれの徳富猪一郎より6歳若い。『将来之日本』『日本国防論』の論旨の一番大切な部分を、論理の力でねじ伏せられたのだから、蘇峰にとっていやな記憶となっただろう。



[2008.03.04追記]
古林亀次郎編『実業家人名辞典』(1911年、東京実業通信社)「テの部」3頁に、寺島成信についてつぎのように記されている。なお、同書には復刻として、立体社(1990年)、および、『日本人物情報大系 32 企業家編2』(2000年、皓星社)がある。
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君は羽前旧庄内藩士、明治二年七月を以て同藩鶴岡に生る、嚴君を成則氏と称し、君は其三男、幼にして頴悟、学を好んで文を能くす、郷閭の異数とする所たり、夙に東京に出て慶応義塾に学び、明治二十二年其業を卒ゆるや、程なく海軍参謀部編纂課に入り、列国海軍の材料を蒐集し、又戦史地誌を編するの任に当り、勤労少からず、居ること五年にして、大に海に関する知識を得、明治二十六年時局に鑑み日本経済会が賞を懸けて天下に日本海運論を募集するや、君直に之に応じて優賞を得、其該博なる識見と流麗なる文とは大に世の喝采を博せり、当時三菱及び郵船会社の重役等は深く其英材に屬望し、三十年遂に郵船会社に拉し来り、日露戦争には大阪支店の助役として功あり、三十九年本店に帰りて監督課助役として其職に盡しつゝあるの傍ら慶應義塾大學理財科の海運業に関する講義を担任す、四十三年春日本戦後の経営と題して大阪朝日新聞一萬号の記念懸賞に当選したるは、君の対外国商工策なりき、別海軍振興論、海事総覧等の著あり、海に関する智識の博大にして深遠なる当代無比と称せらる。(東京市牛込区南榎町六四)
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『近代日本海事史年表』(1991年、東洋経済)には、寺島についてつぎの記述がある。
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<<1923年>> 2.16 日本郵船参事寺島成信、論文「帝国海運政策論」により、東京帝国大学よりわが国最初の経済学博士の称号を受ける. 12.28 『帝国海運政策論』巖松堂書店 出版.
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2007年08月30日

28日(火)、府立中央図書館で『海事雑報』199号(明治38年4月10日)に掲載された肝付兼行の表題の論説をコピーしてきた。

日露戦争の講和にいたる前に、すでに、国際貿易港として機能する港湾を日本各地に整備することを戦後経営の要として主張している。第一次西園寺内閣の内務大臣原敬による港湾政策の体系化(港湾調査会)は、この海権論にもとづく海軍の主張に呼応したものである。両者の接近が海権論と港湾政策の照応関係としてきれいに見える論説であった。

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2007年07月04日

国立国会図書館近代デジタルライブラリーを見ていたら、井上敏夫海軍中将に「日本海員掖済会理事」として著作があることに気づいた。『海国民之事業』という題名で、奥付が付いていない。内容から判断して、明治43年頃の出版と判断できる。マハンの海上権力論を下敷きにして、海軍の後備としての海員、民間船の世界の意義を説明している。

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2007年05月20日

(1) 狭義の海軍、戦時における戦闘組織としての海軍に対するもの。平間洋一さんの論文だと、「A・T・マハンが日本海軍に与えた影響」(政治経済史学320号、1993年2月)がこれに対応する。

(2) 広義の海軍、平時戦時を通じた通商・漁業・移民をバックアップする組織としての海軍に対するもの。平間洋一さんの論文だと、「『陸奥海王国』の建設と海軍」(政治経済史学370号、1997年4・5・6月合併号)がこれに対応する。

後者の論文には、「なぜ、 海軍が大湊に商港を開港することを認めただけでなく、 積極的に支援さえしたのであろうか。 /それは、 マハン(Alfred Thyer Mahan)大佐の『海上権力史論』の影響にあったように思われる。 マハン大佐は海洋活動を行う商船隊や漁船隊、 それを擁護する海軍、 その活動を支える港や造船所などを「シーパワー(海上権力)」と規定し、シーパワーの増大が産業を拡大し、 産業の拡大が海外市場を必要とし、 製品と市場(植民地)を結ぶため海運業が育つ。しかし、 国際法は万能ではないので、 海運・貿易・市場を保護するため海軍力が必要である。海洋を制する国家が世界の富を征し歴史を制する。 シーパワーが国家に繁栄と富をもたらすと論じた。この戦時のみならず平時における海軍力の価値の重要性を強調したマハンの著書を最初に日本に紹介したのは、ハーヴァード大学に学んだ明治の国家指導者の1人でもあった金子堅太郎であった」で始まり、つぎの文面につづく個所がある。

「明治末期から大正初期には佐藤の『帝国国防史論』などの一連の著作が、海軍を支えるシーパワーである港湾、 商船隊、 漁船隊を整備し造船所を起こし、貿易を振興させて日本に富をもたらし、 それを保護する海軍を整備すべきであるとの海権論として広く国民にも理解されるに至った。そして、 大湊興業の創設には大阪商船をへて神戸桟橋株式会社の社長となった南郷三郎(筆頭株主)、北前船の船主で大阪の経済人の大家7平、 大倉組みの大倉喜八郎など、 この理論が国家発展主義者、造船業者、 海運業者、 貿易業者、 自らの栄進を望む海軍軍人、 すなわち大海軍の建造と積極的な対外政策から利益を得ることのできる人々に歓迎され、日本を海洋国家建設に、むつ湾一帯を「東洋の海王国」建設に走らせたのであった。 /そして、 海軍は港湾の整備、 鉄道の敷設がシー・パワーを増大する1要素であると理解し、 大湊興業の創設のみならず、大湊興業の業務が開始されると、 発電機や船舶の修理などを要港部の修理工場が支援し、 ケガ人などを要港部軍人家族診療所で診断するなど協力した」。

海権論が力を失って行く条件変化として、平間さんは、同稿「おわりに」において、つぎのように指摘する。

「大湊興業が創設時に前提としていたこれら条件は、 ロシア革命による共産主義政権の出現、ウラジオストーク港の軍港化、 1929年10月24日にニューヨークのウォール街を襲った株価の大暴落による景気の低落、アメリカ、 イギリス、 フランスなど植民地を有する国の経済のブロック化などにより覆されてしまった」。

これは、広義の海軍を説く海権論が国民の支持を得る基盤を失い、狭義の海軍が表面化する前提の変化でもあろう。現在取り組んでいる明治期から先の時代、後への見通しを得た気持ちになった。



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2007年05月16日

昨日、15日(火)は東京へ日帰りし、国会図書館で、海軍の将校団体である水交社の機関誌、『水交社記事』1号(1890年6月)〜44号(1894年2月)を通覧してきた。

寄書「海上ノ権力ニ関スル要素」「日本ノ海軍ニ関スル欧米学士ノ意見」が金子堅太郎から寄せられているのが、37号(1893年7月)であった。

その二つの論考の前に、『水交社記事』の編者によるつぎのような紹介がある。編者とは、肝付兼行と澤鑑之丞の二人である。
「此両篇ハ金子堅太郎氏ヨリ我か海軍大臣西郷伯ヘ贈呈セラレ同伯ヨリ又我カ社員参考ノ資ニトテ寄セラレタルモノナルガ、一ハ即チ彼ノ米国ノ海軍大佐マハン氏ノ近著ニ係ルゼ、インフリューエンス、オフ、シー、ポワー、アポン、ヒストリー第一篇中ノ要領ヲ綱訳セルモノニシテ、一ハ即チ同氏ノ先キニ欧米巡回中ニ面会セラレシ諸家ノ日本海軍ニ関スル各意見ヲ集メシモノニ係ル。乃チ前者ノ原書ハ我々ノ既ニ有益ノ著トシテ許ス所、後者又其各意見ノ切実ナルト切実ナラサルトニ論ナク特ニ我海軍ノ為メニ吐クル所ノ説ナルヲ以テ両者共ニ我カ社員参考ノ資ニ供シテ蓋シ必ス益アルベキモノナラント信ス」


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白石崇人さんのブログ「教育史研究と邦楽作曲の生活」のうち、発言「肝付兼行について

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